第7話 女神の最終兵器

「いいですかセレス、涙は無闇に流してはいけません」

 

 姉ディオーネは妹のセレスにそう教えていた。


 大空の女神ディオーネ

 銀色に輝く長い髪をストレートに下ろした美女であった。少しつり目ながら強い意志を宿した瞳は、見るものに安心感を与える。

 年の頃は20才前後。身長は165cmと女性の平均身長より少し高い。Fカップの胸をグリーンの大人っぽいドレスで隠していた。


「男性の前で、女は気軽に涙を見せてはいけません。セレス貴方は特にです」


 ディオーネは、困り顔で妹に忠告する。


「セレ姉は泣き虫だからね……今回も地上の神官に泣きながら神託を授けたもんだから、女神が悲しみになっているって地上世界が大騒ぎだよ」


 妹のノルンは、姉を心配しつつも呆れた口調で言い放つ。


 大海の女神ノルン

 紫色の肩まで掛からない髪を左右の高い位置から分けている。いわゆるビックテールと言う髪型である。

 丸みを帯びた目は無邪気さ醸しだし、周りに元気を分け与えている。見た目は12才前後の子供の様で顔の表情がクルクル変わる。

 145cmと三女神の中では一番背が低く、胸もAカップと残念仕様の身体を、動きやすい赤とピンクを基調としたドレスがその身を包んでいた。


「だって……長年仲違いしていた小国同士が和解して、歩み寄ろうとしてくれたのよ? 遂には和平を組んでくれたのを見たら、私嬉しくて……つい祝福の神託をしてしまったの」


 罰が悪そうに、意気消沈しながらセレス頭を垂れた。


「その祝福の神託が。号泣しながらでなければ問題はなかったよセレ姉……見たでしょ、あの惨状を?」




 ある日。セレスは二つの国に祝福の神託を下していた。


「長年、争っていた。二つの国が共に歩み……よることで、へぃいわたがおどずれ……訪れましだぁ、そのごどをぐすなかあヒッグッ、ぜガイがべいわうえぇ~ん」


 意味不明な神託に、女神の涙と泣き声を聞いた二つの国は、相手の国が女神に何かしたのだと勘違いを起こし、戦争へと発展した。


 一度神託を下せば、再び神託を下すのに時間が掛かる。その時、すぐに神託を訂正することが出来なかったのだ。


 結果……二つの国は疲弊し、漁夫の利を狙っていた大国に攻められ両国は滅亡した。




「ごめんなさい……」


「だから泣いちゃダメだってば! いくら泣いても二つの国が滅んだ事実は代わらないんだからね!」


「ほんどうにごめんなざい……」

 

 妹に怒られ。泣き崩れるセレス。

 不甲斐ない自分に腹が立ち、悔しい気持ちが溢れて、怒りが悲しみの涙へと変わってしまっていた。


「二人共、ケンカは止めなさい」


 一番上の姉として、ディオーネが優しく2人を止めに入る。


「セレス、貴方が微笑めば世界に光が差し込みます。ですが、あなたが涙すれば悲しみが世界を覆うのです。女の涙は『ここぞ』と言うときにしか使ってはなりません」


「『ここぞ』と言う時?」


 横で聞いていたノルンは、首を縦にウンウンと振りながら同意していた。


「そうそう、普段から泣いてばかりだと、『ここぞ』と言う時に威力が半減しちゃうからね。だからすぐに泣いちゃダメだよセレ姉♪」


「セレス、あなたは素直な子です。飾らない自分の感情を相手に伝えられ、相手のことを思いやる優しい性格は、相手の立場になって考えてあげられる、とても良いことだと思います」


「セレ姉は優しいから、私は大好きだよ♪」


「ありがとうノルン」


 セレスが妹の頭をなでると、『子供扱いしないで』と手を退けようとする。だがノルンのその顔は、嫌がる振りをしながら何か嬉しそうだった。


「ですが……感受性が豊かすぎるせいで、気持ちが入り込んでしまい、心が昂って泣いてしまいます。それはあなたの利点でもあり、欠点でもあります」


 セレスはようやく泣き止むと、姉と顔を向き合う。


「女の涙は最終兵器です。特に女神である私たちの涙はガイヤに住まう全ての民にあらぬ誤解を与えてしまう。泣くなとは言いません。ですが泣く時は『ここぞ』と言う時だけです。いいですね?」


 ディオーネが泣き止んだセレスを、優しく抱きしめる。


 その抱擁は暖かく、セレスの泣きはらした心を優しく包み込んでくれた。


「女の涙は最終兵器……分かりましたディオーネ姉様、『ここぞ』と言うとき以外、私はもう決して泣きません」


 セレスは決意を口にすると、手に力を入れディオーネを抱き返した。


「あ~、あたしも、あたしも~♪」


 それを見てノルンも抱きついてきた。


 そして3人の女神は互い優しく抱きしめ合い、暖かな優しさの中で誓い合うのだった。



 ……時は過ぎる。



 偶然、マナの流れの中から異世界の魂を保護した時、神界である計画が持ち上がった。


 神界に住まう神々は管理者であるが、地上世界に直接干渉して力を振るうことは出来ない。


 それ故に、魂消失の原因が地上世界にあるかもと予想が立てられても、原因を取り除くことはおろか、調査する事も覚束おぼつかない状況に陥っていた。

 

 そんな折り、異世界人の魂を保護したとの報に、神々は飛びついた。



「つまり保護した魂を体ごと復活させ、こちらの事情を説明した上で、地上世界での原因調査をお願いすると?」


「はい。今でき得る、最善の策かと……」


 女神ディオーネに長髪で白髪の老人の報告に眉一つ動かさず、淡々と報告を受けていた。


「分かりました。検討してみます。下がりなさい」


「ご検討下さい。それでは」


 白髪の老人はそう言うと、3人の女神を残して部屋を退出していった。


「あたし、あいつキラーイ! 陰険でいつもなに考えてるか分からないんだもん!」


「ノルン、同じ神族を悪く言ってはいけませんよ」


「だって~」


 ディオーネにたしめられたノルンがほほを膨らませていた。

 セレスがノルンの頭をなでなだめると、フニャ~ンとした顔で妹の機嫌は治っていた。


「ディオーネ姉様どうしますか? 現状を考ると、他に打開策がありません。この計画を実行する価値は。あると思いますが……」


「ええ、確かに魅力的な計画ではありますが、問題もあります」


 セレスの問いに、ディオーネの不安な心が顔に出てしまった。


 イケナイと思い、すぐに曇った表情をディオーネは晴らす。


「異世界の魂に体を与えるのに、どれだけの力がいるのか検討も尽きません。上手く復活出来たとしても、こちらの事情を説明して、果たして協力してくれるかですね」


「あと、原因を探るにしても、解決出来る力があるか分からないよね。調べる前に『かぷっ』で魔獣に食べられちゃったら終わりだよ~」


 ノルンがコミカルに自分の手で、食べられるさまを表現していた。


「私たち女神の力を使えば、他の神族が復活させるよりかは、確実な力を持って復活が出来るはずです。ですがそれだと……」


 セレスが言い淀み、ディオーネがその先を答えた。


「最悪、私たちが力を使い果たし、長い眠りについてしまいますね」


 沈黙が流れる。


「ディオーネ姉様、私がやります」


「ダメです!」


 セレスが申し出るがディオーネが強く否定し却下する?


「復活は私がやります。理由はセレスとノルン、二人の力を合わさせたよりも、私の方が力が強いからです。それに……お姉ちゃんですからね。可愛い妹たちを危険な目に合わせたくないです」


「ディオーネ姉様」


「ディオ姉」


「必ず成し遂げましょう」


 三人は互いの心を確かめるように手を握り合うのだった。

 


 …………時は進む。



 女神の部屋で、復活の儀式は開始されていた。


 部屋の真ん中に描かれた魔法陣の中には、保護された異世界の魂が浮かんでいる。

 

 初めて異世界の魂を目の当たりにした三女神は、言葉を失っていた。


 その魂は白と黒、互いに相反する色同士が、互いにせめぎ合い、しのぎを削って互いの存在を喰い争っていたのだ。


「ディオ姉……こんな魂、見たことないよ! 危なくない⁉︎」


「ディオーネ姉様……とてつもない希望か絶望……判断に困るくらい不安です⁉︎」


「こ、これは……魂の中で二つの何かが争っている? どうなっているのか、まったく分からないわ……でもやるしかありません!」


 部屋の中に、三女神の他には誰いない。

 復活の儀式を行うにあたり、人払いは済ませてある。


 異世界の人の復活をするだけでも大事なのに、こんな不吉な魂を復活したと知られたら、天界の大スキャンダルになりかねない。


 下手したら明日から天界パパラッチにストーキングされる可能性もあるのだ。


 慎重に慎重を重ね、外部に情報が漏れないよう、最新の注意を払って、誰も部屋の中に入って来れない結界も張ってある。


 万全な状態だからこそ、ディオーネは決断した……この魂に賭けてみようと!



「始めましょう。二人ともサポートをお願いしますね」


「「 はい! 」」


 復活の儀式は始まった。


 三人が別々の言葉を詠唱すると、部屋の真ん中に置かれた異世界の魂を中心に、積層型の立体魔法陣が描かれていく。

 魔法陣の光に連動して、異世界の魂から白と黒の激しい光が部屋の中を照らす。


 どれだけの時間が経ったであろうか? ディオーネが額に汗を浮かべながら妹たちにつぶやいた。


「これは思っていた以上に、力を使ってしまいました。魂の大きさに対して、内包するエネルギー総量が常軌を逸しています。女神の力を使い果たすほどの魂なんて信じられません。このままでは肉体の再構成が出来ても、体に魂を定着させることが……」

 

 ディオーネがそう言うと、セレスに視線を向けて頷き合う。


「ノルン、後を頼みま「ダメだよセレ姉」」


 セレンが言い終わる前に、ノルンが答える。


「ダメだよセレ姉、私じゃ復活した勇者を説得出来ないかも……そう言うのは。セレ姉の仕事だよ♪」


 セレスの答えを聞く前に、ノルンがディオーネの横に移動し、別の詠唱を始める……別れの時は迫っていた。


 ディオーネとノルンの二人は、前を向いたままセレスに話し掛ける。


「セレス、聞きなさい。あなたも気付いているでしょうが、ガイヤの地に何かが起ころうとしているのは明白です。そして見えない誰かの思惑が、世界に少しずつ侵食しているのを私は感じました」


「気付いています。いくら地上に干渉出来ないとしても、情報が少な過ぎでしたから……」


「油断してはなりせんよ。ここまで隠し通せる者です。誰が味方で誰が敵なのかを見極めなさい」


「はい、ディオーネ姉様……」


 別れの言葉は要らなかった。それぞれの明確な役割が決まっている以上、成すべき事をやるだけだった。


 セレスは託されたのだ。世界の命運を……妹が泣かないよう、ディオーネは別れの言葉を口にすることはなかった。

 妹を思う優しさが、厳しめの言葉を投げ掛けていた。


「私からは特にないかな~。しいてあげると、あたし達がいないからって寂しくて泣いちゃダメだよ♪」


「はい、分かっています。もう私に泣いている暇はありません。二人が目覚めた時、胸を張って世界を救ったと報告しますからね」


「うん♪ セレ姉ならきっと大丈夫だよ♪」


 セレスの力強い言葉に、ノルンは自分たちが居なくても大丈夫だと確信する。

 

 そして……ついに別れの時は来た。


 ディオーネとノルンの二人はセレスの方へ振り向く。


「強くなりましたねセレス」


「うん♪ あれから泣かなくなったよね♪」


「女の涙は最終兵器ですからね」

 

 三人の女神は笑い合う。


「さようならはいいません。また会いましょう」


「まただよ♪」


「帰りを待っています」


 微笑むセレスに満足し三人は最後の詠唱を行う。


「「「世界に光を!」」」


 三人の言葉が合わさり、部屋の中は輝きに包まれていく。


 輝きが収まると、部屋の中にはセレスが一人立っていた。

 つい先ほどまで目の前にいた姉妹の姿は、どこにもなかった。

 

 セレスは部屋中を見まわすと、魔法陣があった場所に黒髪の男がひとり横たわってる姿が見えた。


 セレスが男に近づこうとするが、足がまるで石化したかのように動かない……。


「ごめんなさい。ディオーネ姉様、ノルン、私は約束を破ります……」


 そう震える声で呟くセレスの頬を、涙が流れだしていた。


「二人の前では大丈夫だったのに……」


 たった二人の大事な家族がいなくなると、抑えていた感情が溢れ出してきた。


「今だけ、今だけです。もう二人に心配を掛けさせたくないから……」

 

 セレスは少しの間だけ、涙を流したのだった。


〈女神たちの思いを胸に、勇者はついに復活を果たした!〉

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