第2話 魂の叫び
「また……あの夢か……」
それは男が生まれて初めてゲーム機に出会った時の夢だった。小学二年生のある日、歴史的なゲーム機が日本で発売された。ゲーム機の名前はウルトラコンピューター……略してウラコン。
いままでにない数多くのゲームソフトメーカーが参加し、類を見ない独創的なゲームや女性向けのゲームをと、老若男女を問わないゲームが多数発売され空前絶後の大ブームを巻き起こした。
このゲーム機を買うために、お店に開店前から並ぶなんて当たり前……何日も前から店の前で並び続ける猛者が現れるほどで、社会現象にもなった。
当然、ニュースにもゲーム機の話題が取り上げられ、さらなる人気に拍車をかける事となる。
「ウラコンを買ってもらったから、一緒に遊ばない?」
ある日、クラスの友達がウラコンを買ってもらい、遊ぼうと誘われた時、男の運命は決まった。
今までゲーム機に触った事もなく、興味もなかった子どもは、たった一度プレイしただけでゲームの虜になってしまったのだ。モ二ター画面に広がる現実ではない未知の世界! 現実には不可能なことを可能にし、自分で操作する面白さに虜となってしまった。
夢中になってプレイし続け……気が付けば、すでに六時間が経過していた。友達の家へ遊びに行ったきり、帰らない息子を心配した父親が友達の家にまで迎えに来てくれていた。
六時間プレイしても飽きないゲームに、子どもは
「お父さん、ウラコンはすごいんだよ! もう一つのセカイがテレビの中にあるんだ!」
そう父親に力説をする子どもが、親に買ってもらうおねだりをするのは自然の流れであり、当然のように却下されるのもまた自然の流れだ。
だが、子どもはそこで仕方ないと諦めるタマではなかった……買ってもらえないなら、やれることをするまで!
子どもは次の日から、毎日遅くまでウラコンを持つ友達の家に入り
一週間……一ヵ月……二ヶ月と友達の家に勉強すると言っては家に上がり込み、十分で宿題を終わらせると、友達に宿題を書き写させていた。
そのあとは、親が迎えに来るまで二人でゲーム三昧の日々。二ヵ月も経過した頃には、さしもの親もあきれ返り、勉強をおろそかにしないのを条件に、ついにウラコンを誕生日プレゼントで買ってくれる約束をしてくれた。
これに子どもは狂喜乱舞し、勉強を疎かにしない約束を守るべく、ひたすら勉学に励んだ。
テストでは全て百点を取り続け、一学期の成績表には、『大変よく出来ました』のハンコが全教科に押されていた。
頑張り続けた結果、父親もウラコンを必ず買って来ると約束した……そしてついに、その日はやって来た。
今日は待ちに待った自分の誕生日、子どもは学校から帰宅すると、玄関で正座して父親の帰りを静かに待ち続けた。
いまだクラスでウラコンを持っている友達は一人しかおらず、買ってくれると約束した日から、もう二ヵ月以上ウラコンで遊んでいない。
それはウラコンの人気がうなぎ登りで、普通に並んだぐらいでは、入手が困難なほどの大ヒット商品になってしまったからだった。
ウラコンを買ってもらう条件として、友達の家へ遊びに行くのを禁じられてしまった。子どもにとってウラコンで遊べないこの二ヵ月間は地獄でしかなかった。
父親の帰りを待ちわびる子どもは、玄関の外から感じた気配に気付くと、靴も履かずに素足のままで駆け出しドアを勢いよく開ける。
『目覚めなさい……』
「お父さんお帰りなさい!」
「だだいま」
父親の手には、大きな紙袋が下げられ、子どもは目を輝かせながら父の顔を見る。
「誕生日おめでとう。約束していたゲーム機だぞ」
「ありがとう、お父さん!」
『目覚めなさい』
子どもは紙袋を手渡され手にした瞬間、リビングへと走り出した。
「コラ! 走るんじゃない。プレゼントを、なしにするぞ」
「お父さん、ごめんなさい」
『目覚めなさい!』
父親に怒られた子どもは、できるだけ早足でリビングへと急ぐ。
ついに……わが家にもウラコンが! はやる気持ちを抑え早速リビングで誕生日プレゼントのラッピングを、目をつぶりながら、はがし始める。
この二ヵ月もの間、ひたすら夢に見続け、勉強漬けとなり頑張った日々が脳裏をよぎる。全てはウラコンのため……少しずつはがされていく包装に、子どものテンションはドンドン上がっていく。
「お帰りなさい、あなた。早かったのね。誕生日プレゼントのゲーム機は買えたの?」
「だだいま。ああ、人気のゲーム機ってニュースでやっていたけど、普通に買えたな。ちょうどタイミングよく入荷してたみたいだ」
「あら、そうなの? さっきニュースで入荷待ちの行列ができているって流れていたから、今日は遅くなるかもと思っていたのよ」
『あの……そろそろ本当に目覚めてもらえないでしょうか?』
両親のやり取りなど耳に入らない子ともは、目を閉じながらの包装紙をはがし続け、ついに中身がさらけ出された。
待望の時は来た! テンションも最高潮に盛り上がる。
「いま僕の手の中に、憧れのウラコンが!」
歓喜に震える手でウラコンを落とさぬよう、箱をガッチリと握り、目をつぶったまま顔の前にまで箱を持ち上げる。
『いい加減、目覚めてください!』
「ウラコンよ! 我が家へようこそ!」
子どもが目を『カッ』っと見開き、箱を見た瞬間!
『お願いですから、目を覚ましてください……』
「お父さん、これウラコンじゃない! ギガドライブだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
〈人生で、一番大きな魂の叫び声が上がった!〉
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