第0章 勇者大地に立つ編
第1話 終わりと始まりは突然に!
暗い部屋の中、静寂を許さぬかのように、パソコンのキーを叩く音だけが聞こえる。
すでに時計の針は深夜二時を過ぎているにもかかわらず、モニターの前に座る男の手は止まる気配をみせない。
目に深いクマを作りながらも、一心不乱にキーを叩き続けていた男の手が急に止まる。
「ダメだ! またエラーだ。誰だよ、こんなクソなソースを書いたやつは……チェックする身にもなってみろよ」
男はそうつぶやくと手を動かし、エラーソースの書き換えを黙ってはじめる。
もう数え切れぬほどのプログラム修正の嵐に、男は疲れ果てていた……。だが、男の手は止めることなく、先ほどよりもさらに速いスピードでキーを打ち込む。
数年前、ある小さなベンチャー企業が、スマホ用のオンラインゲームを発表した。
一心不乱にキーボードを叩く男はゲームの初期開発スタッフとして参加し、ゲームの完成後も運営チームとして残り続けた。
ゲームは死に物狂いで開発したことが功を奏し、うまく時流に乗って大ヒット! とまではいかないが、そこそこにヒットはした。まあ中ヒットくらいである。
たが、いくら発売したゲームがヒットしたとしても、世の中には『
今は人気のオンラインゲームでも、数年もすればシステム的に飽きられてしまい、終わりを迎えてしまうのだ。
ご多分に漏れず、男が開発したゲームも新イベントや課金アイテムガチャを導入することで、古参プレイヤーをつなぎ止め、新規プレイヤーを増やそうとしていたのだが……プレイヤーの緩やかな減少は止められなかった。
いくらヒット作が生まれようと、中ヒット一作で食べていけるほど、世の中は甘くない。
むろん会社としても、二年前から別プロジェクトチームを発足し、第二のヒット作を出すべく、ゲーム開発に乗り出していたのだが……。
「ここか? よし、コレで問題なく——あっ、またかよ!」
直しても直しても別の場所に問題が発生し、終わりが見えないデバッグ作業に、男は苛立ちを隠せない。
男が新作ゲームの開発プロジェクトに参加したのは、今から二ヵ月前……会社が新作オンラインゲームの開発チームを立ち上げてから、すでに二年という歳月が過ぎていた。にもかかわらず、いまだゲームは完成に漕ぎ着けられずにいた。
ゲームが完成しない要因の一つであるバグ……次々と現れるバグを修正するために、膨大なデバッグ作業が発生し、開発に大幅な遅延が発生していた。
元々いた開発スタッフの体力と精神力は、モリモリと削られ、終盤に差し掛かったところで体調を崩す者が続出……ついには逃亡者まで出してしまい、開発に急ブレーキが掛かってしまったのだ。
このままではゲームの発売はおろか、死人が出かねない状況に、会社は対策としてライフポイントが余りまくっている人員の投入を決定した。そして単純な人手不足の助っ人として、男は開発チームに異動を命じられたのである。
当初、上司からは『新たなる大黒柱となる新規ゲーム開発に途中参加しないか?』と、異動の意思を聞かれてはいた。
いつか終わる平穏か、波乱に満ちたステージで新たな栄光を掴むか……男はふたつ返事で新規ゲーム開発に参加することを決め、自ら異動を申し出た。
二ヵ月前、『自分の手でゲーム史に名を残すほどの大ヒットゲームを!』、そう意気込んで開発に参加したのだが……男は猛烈に後悔していた。あの頃の自分を殴り殺したくてたまらなかった!
「まただよ、クソっ! もういっそのこと、この部分は丸ごと作り直した方が早くないか?」
男は疲れ果てていた。一向に終わりが見えないデバッグ作業に、心身ともに限界を迎えていたのだ。
だが、頭の中をハンマーで殴られ続けるような頭痛を我慢し、数えきれないエラーと修正の果てに、男はついにゲーム完成の一歩手前にまで漕ぎ着けていた。
もう少しで完成すると思うと、男は作業を止められず、気がつけば徹夜五日目を迎えていたのだ。
男は昔から、何かに集中すると周りが見えなくなり、寝食を忘れ没頭してしまうタイプの人間だった。
子どもの頃からゲーム三昧で、RPG・SLG・STG・アクション・パズル、あらゆるジャンルのゲームに手を出し、そのすべてをクリアーしてきたのだ。おもしろいゲームに出会えば歓喜し、昼夜を問わずゲームに没頭していたのである。
無論、親はゲーム三昧の子どもによい顔などできなかった。勉学をおろそかにしたらゲームを禁止すると言い渡した。
男はゲームを親公認でゲームをプレイするため、寝る時間を削り勉学に励んだ。その結果……成績はいつも学年トップを走り続けた。
教科書を読む時間が惜しいと思えば、速読を学び……勉強する時間がないというなら、一日の睡眠時間を二時間とした。
100%すべてを暗記するのではなく、80%の暗記することで効率よく勉学に励んだ。知識が増えれば、それを応用することで理解力が高まり、さらに効率良く物事を覚えられるようになったのだ。
すべては大好きなゲームをプレイするため……その一心で学年トップを取り続けた。そして勉学に並行して、男のゲームのクリアースピードも飛躍的に上がっていくことになる。
男は数え切れぬほど、膨大なゲームをプレイし、クリアーしていった。もはや男にクリアーできないゲームなど、存在しなかった。
だが、そうなると男のゲーム人生にも、問題が発生してしまう……男にとってゲームが簡単になり過ぎてしまったのだ。
難ゲーと呼ばれる歯応えがあるゲームもあるにはあるが、大半のゲームは一般のゲーマー向けに難易度は抑えられている。なかなか男の満足できるゲームは発売されず、悶々とした日々を過ごすことになる。
月日が流れると、いつしか男はこう考えるようになった。『満足するゲームがないのなら、自分で作ればいいじゃないか!』……もはや、男の将来は決まってしまった。そう、プレイする側から作る側へとシフトしていったのだ。
男は大学への進学を止め、高校卒業と同時にゲーム専門学校へと入学してしまった。男の当時の偏差値は72.5……周囲の大人は猛反対するも男は折れなかった。
専門学校卒業後、ゲーム会社に入社し大好きなゲームを思う存分作って、お金までもらえる天国にいるはずだったのに……いま彼は地獄の底に立っていた!
永遠にも等しいデバッグ作業はまさに過酷を極め、さながら賽の河原積みの如く終わりが見えない。
「よし、うまくいった! やはり作り直して正解だったな。長かった、ここをなおすだけで一時間も掛かったよ」
ようやく一つの山場を乗り超えた男は、欠伸をしながら周りを見渡す。部屋の中には数名の同僚が同じくデバッグ作業に追われ、鬼気迫る様相で作業に没頭していた。
「もう深夜二時か……さすがに五徹はキツイな……もう少しやったら、今日は始発で家に帰って、ゲームでもしようかな」
作る側になろうともプレイすることを忘れない男がそうつぶやくと、体の疲労感と眠気を伴いながら眠気覚ましのコーヒーを買いに席を離れる。
会社内に設置された自販機で、定番のブラックコーヒーを購入した男は、休憩スペースの椅子に座ると、自分のスマホをイジリだす。
日課であるゲームの総合ページを眺めていたとき、男の目に懐かしいゲームのタイトルが飛び込んできた。
「おお、昔ハマっていた、あのゲームがスマホでリリースされたのか⁈ あれは面白かった。とくに素材の組み合わせによるアイテム合成がミソで、いろいろな攻略パターンがあって楽しかったな」
それは今でもコアなファンがいる、アクションRPGのスマホへの移植とリリース開始の記事だった。
「懐かしいな、しかも昨日からリリース開始か? 絶対にプレイしなければ!」
男は迷わずゲームのダウンロードを行い、触りの部分だけでもと、プレイを開始する。だが……数分と立たずにいきなり違和感が男に襲い掛かる。
「何だ? こんな始まり方だったっけ?」
まず男を襲った違和感は物語の導入部であるストーリーだった。飛び飛びで捕捉説明もなく、初見の人には意味不明なストーリーが展開されていた。昔プレイした者として、改悪された内容に男はイラつきを覚えた。
「RPGで、重要なストーリーを
そうつぶやき、始まりの町からフィールドへ移動して、アクションパートを楽しもうとした男に、さらなる違和感が襲い掛かる。
「攻撃ボタンを押してから、反映するまでが遅すぎだ! オマケにSEの音がズレているじゃないか!」
プレイするほどに、男のイラつきが増していく。攻撃ボタンを押してから、画面に反映されるまでに1秒のラグ……さらにその0.5秒後にSE音が鳴るトンデモ仕様に、男のコメカミがピクピクする。
ほぼ絶望的なアクションパート……移植作業の段階でわかる内容を、そのままリリースした会社に男は怒りを覚えはじめていた。
「開発納期に間に合わなくて、不完全な状態でリリースしたのか? いくら何でもコレはないよ。すごい好きなゲームだったんだけどな……よくこんなストレスマッハなゲームをリリースできたもんだ」
男は落胆しつつプレイを続けると、ついにゲームのキモである、アイテム合成と素材組み合わせの導入部にまでやってきた。
このゲームは集めた素材でアイテムを合成し、アイテム同士を組み合わせることで、新たなるアイテムを作り出すのが楽しい、いわゆるクリエイト系RPGなのだ。
一見ムダに思えるアイテムでも、合成による相乗効果で、攻略に欠かせない便利アイテムへ変わるのだ。
「ついすべての組み合わせを試したくなって、素材集めにのめり込んじゃうんだよな」
フローチャートの指示に従い、さっそくメ二ュー画面からアイテム合成を実行するが、そこで男の手が止まってしまった。
「なんでシステム説明パートに、課金が発生するんだよ!」
男のイラつきはMAXになり、怒りが爆発した。
本来、システム説明パートは、はじめてプレイする人にやり方を理解してもらう補助的な役割がある導入部分である。
普通に考えて、合成に必要なアイテムを無料でプレゼントして、ゲームシステム理解してもらうものだが……このゲームに限って、いきなりアイテムを課金で購入しなければ先に進めなくなっていた。しかも1個100円で、必要個数が10個も要求される。
「ふざけるなよ! この運営狙ってやっているのか! こんなクソゲーやっていられるか!」
名作ゲームを汚され、意味不明な課金方法に男の怒りが爆発すると、思わず手に持ったスマホを、衝動的に地面に叩きつけてしまった。
その瞬間、スマホから火花が散り、目の前で爆発が起こる。『ボン!』と音を立て、爆炎が広がると熱い空気が男の髪を揺らす。
突然のことに男は驚き、マズイと思った瞬間ーー突如視界が暗転し、意識がそのまま途絶えてしまう。
そして数時間後……休憩室の片隅で横たわり、冷たくなった男が同僚に発見されるのであった。
享年27歳、死因……心臓発作によるショック死!
その日、ある男の魂がこの世を去り、人生に終わりを告げるのであった。
〈男の伝説が始まりを告げた!〉
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