第2話


 ーーそこで、えーと宣戦布告された我が国は、剣や魔法に秀でる人物を集め、それを魔族の森に派遣し、およそ三か月後に無事任務を全うし、戻って来た、それが皆さんご存知の英雄であると、我々の学園の学園長もその一人で、後に私財を充ててこの学園を創られたのだね……。




 「シン。昨日はどうだった?」


 「うん、楽しかったよ。港の方に行っただけだけど。」


 「良かったな。リズィちゃんは可愛いし良い子で、シンには勿体ないくらいだ。」


 「なんかさ、久々に会って、なんか前より可愛くなった気がするんだよ。惚気みたいだけど。」


 「みたいじゃなくて、惚気そのものだな。ところで、ちょっと言い難いんだけど…。」


 「タッ君問題か?あれはまぁリズから何か知らせが来るまで何も解らないし、何も出来ることもない。まぁリズに任せて、ちょっと不安だが、とりあえず忘れておこうぜ。お前は一度喋り出すと節操無く女を落として回る悪い癖があるが、ちょっと考え過ぎる。悩んで解決するなら良いが、大概悩んでも解決しないものだからな。」


 「そっちはまぁそれで良いんだけど、ちょっと別の話だ。タッ君は治癒の魔法を使ったんだろうか?そんでもってそれは、俺みたいに記憶が無くなるみたいな弊害が起きるようなのもあるんだろうか?」


 「どうかな?俺は使えないから詳しくはないけど、治癒ってのは水の魔法で、大概擦り傷切り傷火傷みたいな、軽いものに使われるものなんだよな。なんせ俺には解らん。弊害は検討も付かないな。」


 「講師の誰かに聞いたら解るんだろうか?」


 「お前の恋する人に聞けば良いだろ。」


 「博士か…。」


 「駄目なの?」


 「駄目じゃない。駄目じゃないけど、俺、記憶無いこととか話してないんだよね。」


 「そうなの?まぁ別に話さなくても良いと思うけど。」


 「そうなんだけど、なんだろう?俺のことを知って貰いたいと思う部分と、記憶が無いだなんていう、異常なやつと思われたくない部分とがあって、なんかちょっと気が進まないんだよな。」


 「恋ですなぁ。まぁでも、いっそ全部話してみれば?いつか無事に口説き落とした時に、記憶が無いなんて聞いてないわ、なんてことになるよりは今のうちに済ませちゃえよ。」


 「でも話せば長くなるだろ?講義もあるし、中々難しいな。」


 「ふっふっふ、丁度良い案があるぜ…。」




  …シンのやつめ。天才か。あいつが先に死んだら、俺の家の門の横に祭壇を作って恋愛の神様として祀り上げて、世界中の恋する若者の集まる観光地にしてやろう。




 ガチャリ。


 「おはようございます。」


 「ん。おはよ。」


 「博士、今日は何をするつもりです?」


 「え?先週の続きであなたのスケベ魔法の検証をしようかと思ってたけど…。」


 「それ、明日じゃ駄目ですか?」


 「え?良いけど、他に何かやりたいことでもあるの?」


 「はい。懇親会です!」


 「…懇親会?」


 「はい、懇親会。」


 これぞシンの作戦だ。2人きりで食事とかデートっぽいし、長く話も出来る。あいつは天才だ。


 「2人で?」


 「2人で。」


 「えー…。」


 「駄目ですか?クラスでやった時も、凄く仲良くなれた気がして良かったんです。博士とはもっと信頼関係も築けたらなとか…駄目ですか?」


 「…でも2人だけってのはなぁ。」


 「問題ですか?」


 「…男の子と2人でとか…なんか、ちょっとデートみたいでしょ?」


 「博士と研究生ですよ!俺は制服だし、大丈夫ですよ!」


 「うーん…まいっか。良いわよ。やりましょ?懇親会。」


 「ぃよっしゃぁ!それじゃ早速行きましょう!」


 「どこか行くアテでもあるの?」


 「はい。お任せ下さい。ではでは。」


 「ふぅん。なら楽しみにしておきましょう。」


 怖い程上手くいったぜ、すげーぜシン。ありがとシン。


 …おっと、そういえば。


 「そうだ、一応旦那さんに知らせたりしなくて良いんですか?飲んで帰るよー、とか。」


 「え?ああ、別に大丈夫よそれくらい。」


 「男と2人で食事とかは言っておかないと、疑われちゃうんじゃないですか?」


 「それくらい大丈夫よ。だってほら、研究生と懇親会じゃない…って、ふふ、さっきと逆になっちゃったわね。」



 …2人で港の方まで歩く。


 道中、クラスの懇親会がどうだったとか、そこで仲良くなった友達についてとか、気付けば俺ばかり喋ってた気がする。それでも博士は、相槌を打ちながら楽しそうに聞いてくれてた。


 …しっぽ良いよなぁ、やっぱり。ぱたぱたしたいぜ。



 「それでは、恒例の第1回ミック研究室懇親会を始めたいと思います。乾杯。」


 「乾杯…恒例で第1回?」


 「何回でもやりたいですからね!具体的には年間500回開催を目指してます。」


 「毎日以上じゃないの…。」


 「いっつも一緒に居たい、ってことですよ。博士は意外と鈍感ですね。」


 「もう…ところで、こんなおしゃれなお店、良く知ってたわね?…誰か良い人と来たことでもあるのかしら?」


 「いえ、シンって友達がいましてね、そいつに教えて貰いました。フリジール出身で、フリジールに彼女がいるんですけど、その子が昨日来ててこっちで遊んでたみたいで、良さげなお店があったって。俺は初めてです。」


 「ふぅん…フリジールか、懐かしいな。」


 「博士もフリジールでしたね。帰ったりはしないんですか?」


 「うん、まぁ…その友達のシン君はフリジール出身なら、魔法使えるの?」


 「ええ。火をちょっと出すくらいしか出来ないって言ってましたけど、料理する時に便利だから助かりますよ。」


 「え?一緒に住んでるの?」


 「いえ、俺の家で飲むことが多くて。シンとは学校の説明会の時に知り合ったんですけど、その頃から宅飲みばっかりで。お互いどっちかの家なんですけど、大体俺の家かな?」


 「ふぅん。仲良いんだね。」


 「まぁ下らない話してるだけですけどね。偶には悩みとか話したりもするけど、結局下らない話になってたりするし。」


 「楽しそうじゃない。そういうの、良いなぁ。羨ましいわ。」


 「博士も友達とやったりしないんですか?」


 「うーん、呼ばれれば行くけど、私から誘ったりはあんまり…。」


 「え?誘えば良いのに。何人かに声掛けると1人くらい捕まるもんだし。」


 「うーん、あなた達の歳の頃ならそれで良いかも知れないけど、私43よ?学生時代の友達でこっち来てる子とかでも皆殆ど結婚して家族が居るから、なんか誘いにくくて。」


 「…博士も結婚してるじゃないですか。」


 「え?…ああ、うん。まぁ、そうなんだけど…。」



 …うーむ。やっぱり結婚してない気がするんだがな…。



 「俺で良ければいつでも付き合いますから!おーいタキィ、飲もうぜー、って。2人がアレならシンでも誰でも捕まえますし。」


 「…ふふっ、覚えとく。」


 「シンのやつ、あいつは実家がお店やってるから料理美味いんですよ。だから宅飲みでも…は流石にイヤですよね?」


 「別にイヤってことは…それよりシン君の実家のお店ってフリジールのお店?どんなお店?」


 「宿兼レストランバーみたいな感じみたいですよ?」


 「オズの家かしら?」


 「名前までは…でもシンはシン・オズだからそうかも…。」


 「まだあるんだ!学生の時に良く行ってたなぁ。あそこはお肉の料理がとっても美味しいの!」


 「ああ、なんかこないだお店で出してるっていう、塊の周りだけ焼いてあるやつ作ってくれたんですけど美味しかったなぁ。お店のはもっと美味いって言ってたけど。」


 「ローストだ!良いなぁ、私も食べたい…。」


 「じゃあ今度シンに頼んで作って貰いましょう!宅飲みになっちゃうけど、懐かしのフリジール料理を食べるイベントって名目なら良いでしょう?」


 「む、そんな名目なら仕方ない。お呼ばれされちゃいましょう。ふふっ。」


 「他にもフリジールの料理ってあるんですかね?それならシンに聞いて俺が作っても良いし。」


 「あれ?前にトマトにチーズと鰯の塩漬けのせて焼いたやつ好きって言ってたけど、あれも割と一般的な…あ、フリジール行ったことないのかな?」



 …丁度良いな。全部話しちゃおう。


 ついでに治癒の話も聞いちゃおう。


 「実は行ったことあるかどうか解りません。」


 「え?どゆこと?」


 「実は俺、記憶が無いんです。気付いたら家に住んでました。説明会の前から。無いと気付いたのは、シンと話してて、昔のこと思い出そうとしたら、どこにも無くて…。」


 「どこにも無いっていうのは?」


 「それは、説明が難しいんですけど、引き出しに入ってないような…?」


 「引き出し。」


 「ええ、引き出し。例えば、博士はクローゼットの一番下に下着類を入れてるじゃないですか?」


 「いえ、下着は3段目の…って、何言わせんのよ!」


 「クローゼットの3段目に入れてるじゃないですか?そのことを博士は知ってる訳ですよね?」


 「…ええまぁ。」


 「で、ある日。博士が、こないだはチェック柄を見せたから今度はシマシマにしようと…シマシマはあります?」


 「…黙秘します。」


 「続けます。今度はシマシマにしようと思って下着の入ってる筈の3段目を開けると、無い。こんな感じです。この説明で解りましたかね?」


 「なんとなくは解ったけど、例えはもうちょっとなんとかならなかったのかしらね…それはお医者さんとか行ってみなかったの?何か病気とか…。」


 「わからないって言われました。治るかもしれないし、治らないかもしれないって。」


 「…そうなんだ。」


 「そんな顔しないで下さい。俺は別に今のままで良いって思ってるんですから!」


 「その、思い出したくないの?色々…。」


 「気にならないかって言われればそりゃ気になりますけど、別に良いんです。取り戻したら今の生活がどうなるか解りませんし。」


 「でも…。」


 「その…博士のこと好きなままでいたいし。」


 「……。」


 顔を赤くしてジト目で睨んでくる。これは、照れてる。


 こうかはばつぐんだ!


 「今のは博士が言わせたんですからね?」


 「…言わせてません。」


 「でも、言えと言わんばかりの顔で。」


 「…してません。」


 「じゃあもう言いません。」


 「え?…うん…。」


 …結婚してるならそんな顔しちゃ駄目でしょ。


 「なんちゃって。いっぱい言いますよ。俺は博士が好きです。」


 「……もう。」


 「ふふ、まぁそんな訳で、別にこのままで良いんです。ただ、ちょっと気になることがありまして。」


 「気になること?」


 「シンの彼女の子が言ってたんですけど、フリジールでタキっていう名前の男が突然居なくなったって。それが今の俺の記憶がある、1ヶ月位前の話みたいで。」


 「それは…確かに気になるわね。見た目とか何か特徴とか解るの?」


 「シンの彼女はそいつに会ったことないから話だけみたいですけど、俺と同い年で、なんとなく行動とかが似てるみたいなんですよね。」


 「ふぅん。それじゃタキ君なんじゃないの?」


 「でも、そっちのタキは魔法を使ったらしくて。」


 「魔法?でもタキ君は魔法使えないよね?」


 「まぁ使い方忘れちゃっただけなのかも知れないですけど…それが治癒の魔法らしいんですけど…。」


 「治癒?水の魔法かしら?」


 「その、事故に巻き込まれて、その、死にかけてた子供を、事故なんて無かったかのように治したらしいんですよ。」


 「え?…。」


 「それでその魔法を使ったあとすぐに居なくなっちゃったみたいで。」


 「……。」


 「そんな凄い魔法、あるんでしょうか?それと、もしそれをやったのが俺なら、魔法の代償かなんかで記憶が無くなっちゃったのでしょうか?そういう魔法があるんでしょうか?」


 「ちょっと待って…その、頭の整理が追い付かなくて…。」


 「あ、すみません…なんか落ち着かなくて。」


 「それは…そうよね。こっちこそ、ごめんなさい。」


 「博士が謝ることなんてないですから。それより、ゆっくりで良いんで、何か思い当たることでもあれば教えて欲しいです。」


 「うーん…私の知る限りだけど、水の魔法での治癒は人の体の水分を利用して再生能力を高めることで傷を治したりするものだから、死にかけていた人をなんとかする、つまり、蘇生とはまた違うものだと思うの。」


 「それじゃ水の魔法じゃない?というと何の魔法ですかね?」


 「光、かしらね。」


 「光の魔法?魔法史に出てくるやつですか?」


 「ええ。今は存在しない、古代の魔法。だから正直なところ、有り得ない話だと思うし信じられないわ。」


 「でも、嘘とは思えないんですが。」


 「うん。私も嘘じゃないとは思うから、それは勘違いだったんじゃないかしら?」


 「勘違いですか?」


 「治癒の魔法でなんとかなるような怪我だったけど死にかけているように見えただけ、っていう方がまだ納得…そうね、納得出来るわね。」


 「なるほど…その後居なくなっちゃったのは?」


 「それは解らないわ。何か事情があったんでしょうけど。」


 「居なくなる前に、その、一緒に居た人に、ごめんって謝って居なくなったみたいなんですけど…。」


 「ごめん?…うーん、いよいよ解らないわね。何か、後ろめたくて姿を消したのかしら?でも…やっぱり解らないわね。」


 「もしそいつが俺だとしたら、俺の記憶が無いのはそこからだと思うんですけど、その魔法が原因なんでしょうか?魔法でそんな、魔法を使うことで記憶が無くなるなんてことあるんでしょうか?」


 「うーん。そんな魔法、聞いたことが無いわね。」


 「図書館とかで調べられますかね?でも、何の本を探せば良いのか…。」


 「うーん、私も色々と読んだけど、そんなことが書いてある本、あったかなぁ?」


 「前例とかが書いてあるだけでも良いんですけど…。」


 「…タキ君はやっぱり記憶を戻したいの?だったらフリジールに行って、まず自分がその人かどうかを確認すべきだわ。」


 「だから戻したくはないんですってば。ただ俺は魔法を使うと記憶が無くなるかどうかで…あれ?」


 「ん?どしたの?」


 なんで俺は記憶が無くなるかどうか知りたいんだ?


 俺は記憶を戻したい訳じゃない。なんで無くなったかなんて別に…そうか。


 記憶を戻したくないのは、博士を好きでいたいから。なんで無くなったか知りたいのも、博士を好きでいたいからだ。簡単なことじゃないか。


 「俺は、前の記憶なんて別に良いんです。魔法を使ったら記憶が飛ぶのかどうかを知りたいだけなんです。そして出来れば、魔法を使ったから記憶が無くなったという事になって欲しい。」


 「え?どういうこと?」


 「それは、魔法さえ使わなければ記憶は飛ばないってことですからね。俺は記憶を無くしたくはない…なんでだと思います?」


 「なんで?…あ。」


 博士は顔を赤くしたかと思うと、俯く。


 「ん?今、なんで?って言いました?」


 「…言ってません。」


 「なんでか教えてあげましょうか?」


 「…言わなくて良い。」


 「博士を好きなままでいたいからです。」


 「…言わなくて良いって言ったのに…。」


 「でも、前に博士、言われたら嬉しいって言ってたし。」


 「…やり過ぎ。これは…これは良くないと思います。口説かれてるみたいだし…。」


 「…口説いてますよ。別れて付き合ってとは言わないって言いましたけど、あんなの嘘です。すみません。口説いて、メロメロにして、俺と付き合いたいって思わせたいです。」


 「…そんなこと言われると私は…。」



 ーーあら?ミコ?




 


 丁度良いところで!


 丁度良いところだったのに!


 もうちょっとだったのに!


 

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