第3話



 ーーあら?ミコ?ミコじゃーん!なーんか初々しいカップルがいるなと思ったら、ん?あ、そゆこと?うーん、えーと、あ、君は魔法学校の学生さん?あ、研究生なの?懇親会か、ふふ、なぁんだ、デートだったら旦那さんに報告してやろうかと思ったのに、あはは、それじゃお邪魔しました、ミコは明後日の会合来る?じゃその時にまた飲みましょ?色々聞きたいこともあるし、ね……。


 「お手柔らかにね、ふふっ…あと、アリガト。またね。」


 お店には博士の友達が来ていたらしく、博士を見付けて声を掛けてきた。そしてその会話の中で、俺にはどうしても聞き流せない単語があった。


 旦那さん。


 博士は本当に結婚してるんだ…。


 そっか、結婚してないんじゃないかという俺の勘はまさしく勘違いで、俺の願望が俺の都合の良いように変化して、とんでもない気のせいを作り上げていたんだ。


 ああ、シンになんて言おうか?お前は馬鹿だなと馬鹿にされるのは仕方ないが、騙しやがってこの野郎と罵られ軽蔑されることもあり得る。軽蔑されるのはキッツい。


 そして博士がさっき言い掛けたのも、さぞや俺にはキッツいんだろうな。


 ああシン、本当にごめん。



 「あ、ごめんね。あの子はこっち来てからの友達で、さっきあの子が言ってた会合で会ったんだ。」


 「会合?」


 「そう。魔法を守る会っていうのの会合。元は有志で、この国の魔法を守ろう、みたいに作られたんだけど、今はもうただ皆で何となく集まって食事とかイベントをするだけね。」


 「へぇ。なんか意外ですね、博士がそういうのに参加するとか。博士はこう、休日でも静かに本読んで過ごしたりしてるイメージですけど。」


 「そういう日もあるけど…私だって普通に友達と遊んだりお買い物したりするし、そういう集まりも嫌いじゃないわ。」


 「旦那さんとデートしたり?」


 「え?ああ、うん、そうね。でも私達もう43だよ?今更デートなんて、ねぇ?」


 …怪しい。が、これが良くない。


 怪しさ全開で来るから俺みたいな馬鹿が勘違いをするんだ。


 …いや待てよ?もしかすると博士は、めちゃくちゃラブラブなのを隠す為に誤魔化してるのかも知れない。恥ずかしいからだ。


 もしくは、俺の為かもしれない。一目惚れで告白してきた俺に、旦那とのラブラブ具合を話すのは可哀想だと気を遣って…それなのに俺は勘違いして舞い上がって、一体何をやってるんだろう。


 よし!死のう!



 「そういえば博士のところは子供の予定とかあるんですか?」


 「ぶっ!けほっ…ここここども?いいいきなり何を、ないない!そんな予定ないから!」


 …俺は本当に間違っているのだろうか?


 「旦那さんとそういうこと話したりはしないんですか?」


 「ええ!?い、いやまぁ、えっと、そうね、まだ、良いかなって、うん。ほら、私達はまだ人生長いからさ、まだ早いって、うん。」


 ……。


 「それなら…。」


 「うん?」


 「その長い人生のほんの50年くらい、俺にくれませんか?」


 「え?」


 「……。」


 「……。」


 「…なんちゃって。」


 「…私は。」


 博士は俯いていて表情は解らない。


 俺はキッツいのが来る予感がしてる。


 やっぱり俺が間違ってたんじゃねーかな?



 「私は、この人って決めたらその人と添い遂げたい。でも、例えもしその人とどうしても上手くいかなくなっちゃっても、タキ君、あなたと付き合うことは無いわ。何故なら…。」


 キッツいのが来るのに身構える。


 もう既にキッツいけど。


 「私は人間を好きにならないって決めてるの。」





 …なんだ、そんなことか。







 「…って思うんだけど、シンはどう思う?」


 「解らん。一番解らんのは、人間のくせに前向きなお前の頭の構造だが。」


 「人間、前向きが一番よ?」


 「その人間が駄目だっちゅー話だろうが。」


 「それは言うほど重大な問題だろうか?」


 「なんだお前?人間辞めるのか?」


 「どうやって辞めるんだよ?違うよ、博士は好きにならないって決めてるだけだろうが。メロメロにしちまえばこっちのもんよ。」


 「でもお前、博士の友達は旦那さん居る体で話してたんだろ?」


 「聞かなかったことにする。」


 「それは無理があるだろ。」


 「いんや、聞かなかったことにする。どうにも、旦那がいるようには思えん。乙女の勘だ。」


 「乙女じゃねぇだろ。」


 「尻は乙女だ。」


 「尻乙女の勘か、なら信じてみようか。ここまで来たら行くとこまで行くのが良かろう。応援しよう、尻乙女の結束は堅い。」


 「頼もしいぜ…とはいえ、あんな風に言われちゃうと、今までみたいに好き好き言ったら駄目な気がするんだよな。」


 「言うな、ってことみたいだもんな…いや、それなら…。」


 「何か良い案でもあるかね?」


 「言うなっていうことなら、徹底的に言わないで過ごそうぜ?」


 「むむ、押して駄目なら引いてみろ、か。流石恋愛神さまだな!」


 「何それ?恋愛神?」


 「ああ、お前が先に死んだら家の横に祠立ててお前を恋愛の神様として祀ろうかと思って。恋愛神と恋愛シンで掛けてさ。恋する若者向けの為の心の拠り所兼観光地になればと。」


 「死後にそんな辱めを受けるなら俺はお前より1日でも長生きするわ。」


 「まぁまぁ、効果はあるんだからさ。お前の言う事聞いてりゃこうやって無事結ばれる訳だし。」


 「まだ結ばれてないし。」


 「時間の問題だ。さ、今日は突然すまなかったな。」


 「構わんよ。俺も楽しませて貰ってるから。」


 「それじゃ、お邪魔しました。また明日。」


 「おう。おやすみ。」




 押して駄目なら引いてみろ。


 引いて駄目ならまた押してみよう。





 ・・・・・。




 シャシンはなんであんななんだろう?今日は特に酷い。幼馴染の女の子が朝迎えに来た時、なんていう限定的なこと聞いたとて、幼馴染が居なかったら何ら役に立つ事も無い。半日を無駄にした気分だ。


 いっそ年上の落とし方を教えてくれれば良いのだ。今や俺のクラスでは、俺が上手くいくかどうかで賭けが行われてるくらいだから、そんな内容でも充分盛り上がるだろうに。


 ガチャリ。


 

 「おはようございます。」


 「ん、おはよ。ちょっと待っててね。」


 何やら書き物をしてる博士。頭がちょっと動くだけでしっぽがぴょこぴょこ動いて可愛い。


 「よし。これで良いかな?タキ君?」


 「はい何でしょう?」


 「昨日の蘇生の魔法と、記憶が無くなることの関係性について考えてみたんだけど、私じゃちょっと力不足だから他の人に相談してみようかと思うんだけど、良いかな?」


 「良いかなって、勿論良いですけど、別に俺の許可なんか…。」


 「そう言うとは思ってたけど一応、個人的な話でしょ?聞いておかなくちゃ。」


 「いえ、俺なんかは本当に何も解りませんからね。解りそうならむしろ俺からお願いしたい位で…ちなみに誰に聞くんです?」


 「リリーディア、私のおばあちゃんね。」


 「おばあちゃんですか?」


 「うん。リリーディアなら昔、冒険者だったから何か聞いたことがあるかもと思って。」


 「なるほど。じゃ、おばあちゃんのところに行くんですか?」


 「いえ、飛ばすのよ。前に話したでしょ?さっき書いてたのはその手紙。リリーディアはあんまり家に居ないから、飛ばした方が確実なのよ。」


 「飛ばす…初めて見ますね。それも楽しみです。」


 「うーん、でも私あんまり得意じゃないし時間掛かるかもだから暇よ?のんびり本でも読んで待ってて…それじゃ飛ばしちゃうから。」


 そう言って博士は窓を開ける。風は無く晴天。もう冷たい空気がはいってくることの無い時期で良かった。こんな日は飛ばすには良い条件なんだろう。


 そして博士は手紙を持つ手を伸ばして外に向け、俺の大好きな青い目を瞑ると、たちまち手紙が奪い取られるように空高く飛んでいった。



 「あれ?もう行っちゃいましたけど…成功したんです?」


 「うん、何だろ?やけにあっさり飛ばせちゃったけど…まいっか。とりあえず、ホールトンの反対側でも2時間あれば着く筈だし、すぐ返信くれると思うから今日中には何かしら解ると思うわ。最悪でも、リリーディアも知らないって情報がね。」


 「博士のおばあちゃんでも知らないとなると?」


 「まぁ私はもうお手上げね。あとは、そもそもその魔法を使ったのがタキ君なのかとか、その魔法を使った時の状況とか、色んなことが詳しく解らないと、何をどこから手を付けたら良いか解らないもの。」


 「すみません、なんか面倒かけちゃって。ところで、博士はおばあちゃんのこと、リリーディアって呼ぶんですね。」


 「ああ、これはリリーディアがおばあちゃんって呼ばれたくないって言って、私が物心着く前からそう呼ばせてたから、その時の癖ね。」


 「面白そうなおばあちゃんですね。」


 「ふふ、そうね…あら?」


 窓から手紙が入ってきて博士の机に着地した。


 こんななんだ、凄い。


 この魔法が使えたら便利だろう。急に酒を飲みたくなってもシンに送れるし、急に美味いもの食べたくなってもシンに送れるし、急に外で肉まん食べたくなった時に財布を忘れてもシンに送れる。いやはや大したものだ。


 「おばあちゃんからですか?」


 「うん、そんなに遠くに居ないみたい。とりあえず読んでみるね…。」


 真剣な顔で読む博士。


 博士が真剣なところ申し訳ないが、博士は今日も可愛い。

 

 「読んだけど、うーん。判断に迷うわね…。」


 「おばあちゃんでも解らなかったんですか?」


 「心当たりはあるけどそれは私には触れて欲しくないから詳しくは言えない、っていうのと、その魔法使った人に会えば解るかもって書いてあるけど、読んでみる?」


 「ええ…この、博士に触れて欲しくないってのは、あんまり良くないことなんですかね?」


 「多分…あとタキ君が使ったのかも解らないからなんとも…。」



 結局そこか…。


 …それなら仕方ないな。


 俺がタッ君であることを確認したとて過去を思い出すとは限らないし、例え過去を思い出しても、博士を好きなままでいられることはあるだろう。でも今ある記憶を飛ばしたら絶望的だ。それなら迷う事は無い。


 「博士。俺、今度フリジールに行って俺がタッ君かどうかはっきりさせます。それでもし俺がタッ君だったら、その時は博士のおばあちゃんにお会いしてちゃんと聞きたいんですけど、会って貰えるか聞いて貰えませんか?あ、博士がおばあちゃんに俺が会うのが嫌じゃなければ、で良いんですけど。」


 「私は別に良いけど…良いの?はっきりさせるの、その、嫌だったみたいだけど。」


 昨日の話のことだろう。ついでに色々思い出したのか、少し顔が赤い。可愛い。


 …だが、俺は昨日までの俺とは違う。このまま畳み掛けてもっと赤くしてやれという俺はしばらくお休みだ。


 「そうしないと知りたいことが知れないなら仕方ないかなって。」


 「そっか…それじゃあ聞いてみるね。」


 また机に向かう博士。しっぽぴょこぴょこ。


 …好きと言わないことにはなったが、可愛いと言うのは許されるのだろうか?いや、少し考えれば分かることだが、この2つの言葉は別物。好きというのは感情だが、可愛いというのは感想に過ぎない。


 しかし、博士が口説き文句だと思ったらそれは口説き文句だろう。でもシンが言うには、好きと言うな、だからな。好き以外なら良いとも取れる。よし、可愛いは可。


 「よし、それじゃまた飛ばすね。」


 「博士は相変わらず可愛いですね。よろしくお願いします。」


 「…飛ばすからね。」



 博士はまた窓際に行って手紙を掲げて目を瞑ると、すぐに手紙が飛んでいった。


 「ふふっ、なんか今日は調子が良いみたい!」


 連続で成功したのが嬉しかったのか、満面の笑みだ。見てるこっちまで嬉しくなってくる。


 博士の研究が実を結んで、こういう博士の魔法の成功が増えて、博士のこの笑顔が沢山見られる世界になったら良いのに、そう心からそう思う。まぁこれは俺が博士を好きだからだろう。


 「それ、俺も出来ませんかね?」


 「え?手紙飛ばすってこと?」


 「はい、それ出来たら便利だなぁって思うし、実験もそろそろ次の段階やってみても良いのかなって思うんですけど。」


 「うーん…これは風を起こすだけじゃなくて、紙を風に乗せて思い描いた相手まで届けるところまでやるから、風の魔法としてはまぁまぁ複雑な方なんだけど…あ。」


 話してるとまた手紙が舞い込む。


 「また来ましたね。おばあちゃんですか?」


 「ええ…あ、1ヶ月位あとならいつでも良いけど、大体で良いから教えて欲しいって。あ、読む?…リリーディアはすぐどっかに行っちゃうから、ある程度言っておかないとまた出掛けちゃうのよね。」


 「へぇ、元気なんですね…1ヶ月後だと少し待てば休みがあるじゃないですか。その辺りでお願いします…あ、でも俺がタッ君じゃなかったら、予定入れて貰うのも申し訳ないない気がしますが?」


 「タッ君?ああ、フリジールの…まぁ良いわ。その辺りも聞いてみましょ。」


 しっぴょこ可愛い。


 それにしてもまずいな。気付けばさっきからつい、タッ君って言ってたけど、もし聞かれたらどうやって説明しようか…。


 

 「…よし!それじゃ、今度も上手く行くかしらね…。」


 また窓に近付き手紙を掲げて目を瞑ると、手紙は飛んで行く。全然失敗しないじゃん。


 「やたっ!えへへ、今日はホント、どうしちゃったのかな!ね!こんなに上手くいくなんて!ね!ふふふ。」


 子供みたいに喜んで、はしゃいでる博士。可愛い。


 もしかして他のエルフにとっては、何だそんなこと、で済まされるのかも知れない。博士には、その人達には解らない苦悩があったことだろう。だけどその人達には、この博士の喜びも解らないのだ。


 そして現在、その喜んでる博士を俺が独り占め。


 ふふふ、最高だぜ。


 「その、飛ばすのって、さっき博士が言ってた通り難しいんですか?」


 「そんな、物凄く難しいって程じゃないんだけど…私は今日はなんだか偶々上手くいってるけど、ホントは私もあんまり上手くないから、タキ君が出来るかどうかは本当に解らないのよね。」


 「じゃあ実験はまた今度、って感じですか?」


 「いえ、やってみる価値は…あ、来た。」


 「早いですね。おばあちゃんですかね?」


 「でしょうね。さっきの返事…っ!」


 「ん?どうしたんです?」


 手紙を読んでいて急に赤くなる博士。


 なんだなんだ?だんな?


 「な、なんでもない。休みの時で良いって。あと、魔法関係無しに記憶が無いのも一応見てみてあげるから良かったらおいで、だって。今釣り船に乗ってるみたい。あはは釣り船ですって。リリーディアったらホントに色んなことやってていっつも驚かされるわ。」


 「なるほど…では。」


 「え?手?」


 「いや、また読ませて貰えるのかなって。」


 「え?ええぇっ!?い、いやタキ君が読むようなことは、ないかな?うん、今言ったことが全部よ?」


 「…ふぅん。」


 「さっ、そんなことより、1ヶ月後とかになっちゃうけどどうする?」


 …怪しい。あからさまに話を逸らしたぞ?俺に見られちゃいけないことなのか?あんなに隠されると見たくなってしまう…。


 「ちらっと。」


 「わわっ!ダ、ダメ!」


 「ちらちらっと。」


 「ちょっ!何するの!?」


 俺が覗こうとすると、手紙を隠すように、その手を後ろにやる。よっぽど見られたくないのだろう。


 「いや、そんなに隠すなんて、何が書いてあるのかなって。何か博士、変だし。」


 「へ、変?変なんてことは…。」


 「ちらっと。」


 「はわわ…もう!ダメだってば!女の子の、そういう秘密を無理矢理見ようとするなんて!…まったくもう、リリーディアったら…。」


 ぶつぶつ言いながら真っ赤な顔で手紙をジャケットの内側に捻じ込んだ。


 「なんで魔法の話が女の子の秘密に…まぁ良いですけど。博士のおばあちゃんはフリジールに住んでるんですか?」


 「…いえ、リリーディアも両親もエルフの森よ。」


 「それなら休みの方が都合が良いですね。博士はどうするんですか?」


 「私も行こうかしら?魔法の話も気になるし、偶には帰って来いって煩いし丁度良いかな?」


 「なるほど。旦那さんはどうするんです?一緒に連れてくんですか?」


 「えっ!?だ、旦那さん!?えぇっと、旦那さんは、あの、あの人も忙しいから!今回はまぁ、無理かなぁ?忙しいから。」


 「そうですか。いや、一緒だとちょっと気まずいなと思ってたから良かったですよ。」


 「そ、そうね。気まずいわよね、うん気まずい…。」


 …そろそろ諦めてくれないだろうか。


 「そういえば聞いた事無かったですけど、旦那さんは何の仕事してるんです?エルフの男の人も街であんまり見掛けないし。もしかして、あのお医者さんですかね?」


 「え?ああ、あの人は違うわ。私の旦那さんは…。」


 「私の旦那さんは?」


 「私の旦那さんのお仕事は…。」


 「……。」


 「…そう、私の旦那さんは…。」





 もはや、博士が結婚してないのは明白…。



 今はもう、ただただ…。



 博士のヘタクソな誤魔化しを楽しむ俺がいる…。


 


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