第二章
第1話
「僭越ながらご挨拶の大役を背負わされ重圧に押し潰されそうではありますが、リズィちゃんの来訪前日めでたい乾杯。」
「途中で面倒臭くなるなら止めとけ乾杯。」
「いよいよ明日来るんだな。緊張してきた。実は俺、友達の彼女に会うのって初めてなんだ。」
「お前大体いっつも初体験じゃん。」
「まぁそうなんだけど。でもまぁドキドキするよ。もしリズィちゃんがおじさんだったらどうしようとかさ。」
「心配御無用。可愛いから。惚れちゃ駄目だぞ?」
「それこそ心配御無用。安心して紹介してくれ。でも明日俺も一緒で、本当に良いの?久々の感動の再会の夜に俺邪魔じゃん。」
「こっちから頼んでるんだ。居てくれよ。前にも話したけど、久々だから離れたくなくなるだろ?俺がリズを宿に帰さないだろ?そしたらお前、我慢出来ないだろうが。俺の貞操を守ってくれよ。」
「お互いがそれで良いなら良いじゃねぇか。」
「溺れちゃうかもしれないじゃん。」
「その時はその時よ。我慢は毒だぞ。」
「冷たいやつめ…。」
「で、明日は俺は何時にどうすれば良いの?」
「温かいやつめ…昼過ぎに俺の家に来てくれれば良いよ。」
「あそこに3人は狭くないか?ここで良いぞ?まぁ流石にイヤか?」
「いや、全然助かるけど、良いのか?」
「良いよ。むしろ使ってくれよ。外のどっかの店行くとかより気楽だし。俺移動しなくて済むし。」
「ありがと。そしたら酒や食料は俺が全部段取りさせて貰うわ。」
「任せた。俺は掃除しとくわ。」
「充分綺麗だろ。俺も綺麗にはしてるつもりだけどここまでじゃないわ。」
「掃除してると気が紛れるんだよ。恋は部屋を綺麗にする。」
「名言だな。飲め飲め。最近どうなの?博士の様子とか。」
「ん。まめに鉢植えの世話してる。あいつめ、羨ましいやつだ。」
「喜んで貰えてるみたいで、良かったじゃないか。花言葉の意味が解ってるのかは知らんけど。」
「多分解ってるんじゃないかと思う。」
「それってもしかしたらもしかするんじゃないの?」
「うん、もしかするかもしれん。あと、これは確証は無いんだけどさ…。」
「うん?なんかあったの?」
「多分だけど、博士は独身じゃないかって。」
「え?お前それ、お前の願望でなく?」
「いや、俺もそう思ってたんだけど、これということは無いんだけど、最近なんとなく、あれ?この人結婚してるよな?って思うんだよ。」
「なるほど…では、俺が介錯をしてやろう。」
「何故に俺が死ぬ?」
「もし仮にだ。理由は解らんが、博士が独身なのに結婚してると言っている、ということになれば。」
「なれば?」
「男除けだろうな。そしてお前は男だ。つまり、お前除けだ。」
「なんですって!?」
「そして未だにお前に、結婚している体でいるならば。」
「いやぁっ!聞きたくない!」
「お前と恋愛をする気が無い。」
「ぐはぁ!容赦無い…。」
「だが安心しろ兄弟。もし博士が結婚してなくて、だ。お前に、実は独身だ、と告げる時が来たら、その時は確実に向こうはお前に落ちている。」
「なるほど。てことは、徹底的に好きになって貰えば良いわけか。」
「そうだ。てか、ミック博士が本当に独身なら、俺も心からお前を応援出来る。その線で行こうぜ。」
「まぁやることは変わらんけどな。」
「そこは気の持ちようだ。少なくとも、希望が全く無かった最初の頃よりも遥かに良い状況だ。実に喜ばしい。」
「まぁ頑張るわ。そろそろ終わりにしようぜ。明日もどうせ飲むんだし。」
「そうだな。片付けよう。よし、明日またリズ連れてお邪魔するよ。ほんじゃね。」
「ほいよー。」
…ぐぅ。
…む、朝か。しかしまだ早いな。ぐぅ。
ーーホントにタキって書いてある、だからホントだってばタキがどうしたの?、ううんもしかしたら違うかもだから違ってたら明日話すけど……。
ドアの前が騒がしい。来たか。出迎えよう。
ガチャリ。
「よぉ、来たか。いらっしゃい。君がリズィちゃん?初めまして。とりあえず2人とも上がって上がって。」
「は、はじめまして。リズィです。突然お邪魔して…。」
「おいリズ、挨拶はあとでやるから、とりあえず上がって。荷物多いし。俺もお邪魔しますよっと。」
リズィちゃんは童顔でちょっとちっこくて、普通に可愛い。シンと並ぶと兄妹みたいだけど、お似合いの2人だ。
「ではとりあえず、乾杯しようぜ。紹介はそれからだ。リズはこれ。はい、乾杯。」
「乾杯…ふぃー、それじゃ改めて、シンの飲み友達のタキです。宜しくね。いつもシンから話聞いてたから、あんまり初めましてな感じしないけど、会えて嬉しいよ。」
「こちらこそ宜しくお願いします。私はシン君とお付き合いさせて貰ってる、リズィです。シン君のお手紙にもよく、友達と飲んで、って書いてあったから私も初めてな感じじゃないんですけど…。」
「リズィちゃん堅い。」
「リズ堅い。」
「えー?それじゃ崩すけど、タキさん、ですよね?」
「ん、さっきからタキの名前聞いてからリズが変なんだ。まぁ偶に変になるけど、特に変でさ。タキに会ったことあるの?」
「無いけど…タキさん。実はちょっと聞きたいことがあるんです。」
「お?シンのこと?浮気の心配なら要らないよ?」
「違うんです。浮気の心配は、ちょっとだけしかしてないし。」
「おいおい俺は一途よ?」
「モテるけどな。」
「タキちゃん?なんてこと言うの?」
「でも安心して?リズィちゃん。コイツ、女の子に誘われてもさ…。」
「タキさん?それ位でどうかご勘弁を!」
「…あの!」
「はい?」
「ん?」
俺達2人は突然大きな声を出したリズィちゃんの方を向く。なんだろう?
「…タキさん、マキさんってご存知ですか?」
「姉ちゃん?」
「マキさんって、シンの姉ちゃんでしょ?知ってるよ?会ったことは無いけど。」
「いえ、そうじゃなくって…やっぱり違うのか…。」
「なぁリズ。さっきからどうした?タキと姉ちゃんは会ってない…よな?」
「会ったことない…筈だけど、多分。」
「多分?えっと、どういうこと?」
「あー、タキ、俺から言って良いか?」
「良いよ、誰が言っても一緒だ。任せた。」
「えっとシン君?」
「リズ。タキなんだけど、ちょっと前から…俺が入学説明会行った頃か、それより前の記憶が無いみたいなんだ。だから会ったことがあるかも知れないけど、解らないんだ。」
「ごめんね、力になれなくて。ただ、もしかしたら俺かも知れないから、何か知ってることがあれば教えてくれる?」
「いえ、あの、言っても良いものか…。」
リズィちゃんがちらちらシンの顔を伺っている。
「良いよ。姉ちゃんのことでしょ?あとで姉ちゃんに怒られたら、俺も一緒に怒られるから。」
「そこは、俺が代わりに、じゃねぇのか。」
「えっとそれじゃ…その、タキさんは、マキさんの好きな人なんです。」
「ぶはっ!」
「きゃあ!シン君!?」
「シン!大丈夫か!?」
「ああ、すまん…思いの外衝撃的だったわ。」
「いやお前が先に噴かなかったら俺が噴いてたわ。」
「俺は続きを聞きたいような、聞きたくないような、つまり気まずい。」
「俺はまだ俺と決まった訳じゃないからな。リズィちゃんごめん、詳しくどうぞ。」
「え?うん。私も知ってるのはマキさんから聞いた話だけなんだけどね?その、マキさんはタキさんのことを好きだったの。それである日、2ヶ月くらい前かな、告白するつもりでデートに誘って、そのデートの日にマキさんといる時に事故があったみたいで…。」
「事故?タキと…タキだと紛らわしいな。仮にそっちを偽タキと呼ぼう。」
「もし俺だったら偽じゃないぞ。」
「それで偽タキさんが…。」
「リズィちゃんまで!?まぁ良いけど。」
「うふふ…こほん、それで偽タキさんといる時に目の前で事故があって。それが、馬車が横転して周りの人も巻き込んでの大事故だったみたいなの。」
「デート中に見ちゃうなんて災難だな。」
「うん…それで、周りの人達で魔法で助けたりしてたんだけど、魔法じゃどうしても助からないような子供が居たらしいの。」
「可哀想にな…。」
シンが呟く。
「うん。でもね、偽タキさんがその子に近付いて話し掛けてたらしいの。それでスッとマキさんのところに来て、ごめんね、って言ったかと思ったら居なくなっちゃったんだって。どうしたのかな?ってマキさんは思ったらしいんだけど、ぱって横見たら、もう駄目だと思われてた子が立ってたんだって。」
「え?大怪我してた子が?」
「うん。怪我なんか無かったみたいだったって。でも、それから偽タキさんは戻って来ないみたい。」
「それでタキの名前聞いて驚いてたのか。」
「うん、それにシン君と同い年だって言うからもしかしてって思ったんだけど…。」
「うーん、シンはどう思う?」
「うーん、話し掛けてたのは魔法なのかな?そんなに死にかけてるのが元通りになる魔法なんて、使えるの?」
「使えないでしょ。俺そんなの知らないもん。博士も俺のこと、魔法を使えない人なんじゃないかって言ってたし。」
「じゃあ別人かな?偽タキ見付けたら姉ちゃんとこに連れてこうぜ。」
「連れてってどうすんの?」
「そらもう、結婚よ。タキと姉ちゃんだったら気まずいからアレだったけど。」
「確かに気まずいところだった。良かった良かった。」
「もう2人とも…でもタキさん?女の私から見ても、マキさん本当に美人ですよ?」
「でもまぁ俺、好きな人居るし。」
「そうだな。で、姉ちゃんはどうしてるの?」
「マキさんは、偽タキさんが居なくなってから1週間位は毎日泣いてた。追っかければ良かったとか、好きだって言えてないとか、会いたいとか、多分色々ぐちゃぐちゃになってて、見てても辛かった。でも最近はちょっと吹っ切れたみたいで、偶に寂しそうな顔するけど、見た目には元気かな?空元気もあると思うけど。」
「リズはそこで、シン君から手紙来た〜、とかやってない?大丈夫?」
「もう!そんな酷いことしてないよ!…多分…。」
「あはは、リズィちゃん酷い!」
「あははリズ、お前ホント気を付けろよ?ただでさえ、姉ちゃんの先越すんだから。ま、偽タキさえ見付けられれば良いんだけど。そういえば、偽タキってどんなやつなの?会ってなくても話とか聞いてない?」
「あ、うん、マキさんが結構、というか毎日偽タキさんの話してて、その、凄かったから…。」
「リズ。迷惑な時は迷惑って言ってやれ。そして明日帰ったら惚気てやってくれ。」
「シン君ったら!そんなこと、まぁ、考えときます。」
「それで?偽タキの特徴は?俺の名前を騙ってシンの姉ちゃん悲しませる不届き者は成敗して改名させてやるぜ。」
「成敗…まいっか。マキさん泣かせてるのはホントだし。えっとね、お店には何回かお昼に来ただけらしくて、だから私は会ってないんだけど…。」
「リズは夕方からだけだもんな。」
学校だもんな。
「うん。それで偽タキさんはね、何注文するにしても必ず肉まんも一緒に頼むんだって。」
「おや?どこかで聞いた事があるような?」
「シン。良いか?肉まん食べるやつは別に珍しい訳じゃない。」
「あとはね、シン君は覚えてるかな?お店の隣の塀の所にいっつも不機嫌そうな顔の猫が居るんだけど、その子に話し掛けるんですって。こんにちはとか、ご機嫌如何ですか?とか…。」
「なんだか初めて聞いた話じゃない気がする。」
「シン。リズィちゃんの話をよく聞けよ、猫だ。俺が話し掛けたのはデビイ。犬だよ。」
「そうだ。最初、偽タキさんはマキさんをナンパから助けたみたいで…柄の悪い男の人達に囲まれた時に恋人のフリして手を繋いで引っ張っていったんですって。」
「文句無しで格好良いな。」
「やっぱり俺のような気がしてきた。」
「その時マキさん、こんな仕事だからしょうがないんだけど手がガサガサだから手を繋ぐのイヤでしょ?って聞いたんですって。そしたら偽タキさんが、これはあなたが頑張ってる証拠ですよって言って…。」
「お前が偽タキか。」
「どこにそんな要素が?」
「次の日お店にきて、これを塗ったらきっと手が綺麗になるからもうこんな手なんて言っちゃ駄目ですよって言って薬をくれたみたいなの。私も使わせて貰ったんだけど、ホントによく効く薬で…。」
「お前が偽タキだろ?」
「俺はそんな薬知らんよ。」
「マキさんが皆にあげたいから可能な限り売って欲しいってお願いしたら、じゃあちょっとずつあげたらあなたに会う口実が増えますねって言われたんですって。」
「手口がお前の手口とそっくりだ。もう言い逃れも出来んだろう。お前が偽タキだ。」
「俺が…偽タキ…。」
「あの、偽タキってやっぱりやめません?」
「でもタキとタキだと紛らわしいよ。」
「俺は既に何でも良いぞ?」
「マキさんはタキさんのことを、タッ君って呼んでました。」
「タキ、お前がタッ君か。」
「お前が紛らわしくしてるんだぞ。」
「まぁ良いや。とりあえず、タキとタッ君は同一人物な気がする。魔法やなんかの話は忘れてるだけだろ。とにかく姉ちゃんに会えばハッキリするな。行くか?ウチの店に泊まればタダだぜ?肉料理も食えるし。」
「うーん、ありがたいんだけど、やめとこうかな?もし俺がタッ君だったら、困るんだ。マキさんの気持ちや事情もあるのはわかるけど、忘れちゃってるからな。挙げ句に俺には好きな人がいる。だからリズィちゃん、お願いがあるんだけど。」
「はい?何ですか?」
「マキさんでも他の人でも良いんだけど、それとなく見た目とかそういうのを聞いてみて、俺みたいかどうか判断して、シンに手紙で知らせてくれないかな?タッ君が俺じゃなかったら、それはそれで特徴を教えて貰えたらこっちも見付けられるかも知れないし、どちらにしろ知らせて欲しい。」
「解りました!ふふっ、なんか、来て良かった。まさかこんなことになるとは思わなかったけどね。」
「…リズにそんな大役が務まるのだろうか。」
「シン君はまた私をぽんこつ扱いして!大丈夫!任せて!」
俺がタッ君だとしたら。
今の俺は誰だ?
俺は…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます