第11話 行方不明者

 学生たちの登校時間。


 熱意あふれる若い女教師が、門の前で、「今日こそは、絶対!」と拳を握りしめる。その気合のせいで、彼女の小さな背中の向こうに、ゴオコオと燃える炎の幻覚が見えてしまう。


 彼女は、魔法の教科を担当し、その上、風紀指導と魔法クラブの顧問を掛け持つ、仕事熱心な教師だった。


「今日こそは、ビシッと言ってやるんだからっっ!」

 そんな、彼女は、今日も、自らに喝を入れる為、小さな身体をそらし、腹式呼吸で目一杯に吠えた。その姿は、まるで仔犬の遠吠えのよう。


 もう一度、言っておかねばなるまい。今は、学園の登校時間、大勢の生徒たちが門をくぐる時間。


 だから、サリバン先生を見慣れない生徒たちは、突然、大声で叫び出した彼女にビックリして、その脇を避けるようにして、登校していく。


 しかし、そんな奇行を恥じらいなくおこなう、サリバン先生に、生徒たちも慣れてくると、

「サリーちゃん、おはよう」

 と馴れ馴れしい挨拶をするようになる。


 風紀指導の先生なら、ビシッと礼儀を正す指導をするだろう。だが、彼女は違う。小さいのは身体とおっぱいだけ、心は広いのだ。


「あっ、おはようございます」

 ペコリと生徒に、礼儀正しく、お辞儀をする。自らが見本となる行動をする。まさに、教師の鏡だ、サリバン先生!


 もちろん、そんな彼女の愛らしい行動は、付き合いの長い生徒たちから、とても慕われてもいるのだ!


「きゃーーっ!」女生徒たちが、奇声を発しながら、サリバン先生を取り囲む。


「うわっ、あっち、いけ!」

 キャンキャンと、サリバン先生が吠える! それは、まるで、「遊んで! 遊んで!」と尻尾フリフリの仔犬のよう。


 もはや、この先は、必然。


「きゃーーっ、サリーちゃん、かわいいっっ!」

 あっと言う間に、サリバン先生は、女生徒たちから揉みくちゃにされてしまった。


 彼女たちの行動が、なぜ、必然なのだろうか?


 学校に連れて来られた仔犬は、女生徒に、揉みくちゃにされてしまう。などという、悲劇は、ありふれた日常。そこに、仔犬がいて、撫でたいという欲求を抑えられる女子はいないのだ。


 一通り、サリバン先生をもてあそんだ女生徒たちは、満足しながら学園へと、消えて行った。


 そう彼女こそ、セントレイ王立学園の名物教師、仔犬のサリーちゃんこと、サリバン先生、二十五歳、未婚の女教師。


 さらに、彼氏いない歴と年齢が一緒という、経歴の持ち主なのだ!!


「くっしゅんっ、朝は、冷えるわね……」

 夏が近いとはいえ、朝の風はひんやりとしていた。サリバン先生は、両手で肩をこすり、体温を上昇させる。

「今日こそは、ビシッと言ってやるんだから!」

 と、また、キャンキャンと吠えてしまう。そんなだから、女生徒たちに目をつけられる。


「きゃーーっ、サリーちゃーん!」

「うわっ、うわっ、おまえら、あっち、いけ!!」


 学園の、いつも通りの、賑やかな日常が、今日も始まろうとしていた。


 クラリスお嬢さまたちも、朝の支度を終え、登校の途中。


 三人の制服を着た淑女が、並んで歩いている。


 お嬢さまの腕にべったりと絡まっているのは、自称平民のソフィだ。そこから、クラリスお嬢さまを挟むようにしてメアリーが並び、三人は歩いていた。


 メアリーは、お嬢さまにべったりとは、していない。その代わりと言ってはなんだか、ジトーとした視線をソフィからずっと浴びていた。


「もう、ソフィさん、わたしは、何もしませんから」

 メアリーは、ソフィの誤解を解くために必死なのだが、彼女がそう言うと、ソフィは耳を赤くさせ、目をそらしてしまう。


「絶対に、何もしませんって! お嬢さまからも、なんか言ってください!」

「そんなことは、ないでござる。メアリー殿は、いつも、いろいろしてくれるでござる」

 クラリスお嬢さまは、メアリーの言葉を、ちゃんと補完しないから、こういう受け応えになってしまう。お嬢さまは、「何もしてない」を「仕事をしない」と捉えていた。


「もう、しないですよっ!」

 メアリーの全力否定も、むなしく響く。


 ソフィは、ソフィで、「えっ? えっ?」と目をクルクルさせ、「そんな、ダメよ、ダメッ! いろいろしてくれる……だなんて……きゃっ」とさえずり、頭からボンと湯気を出しそうなぐらい顔を真っ赤にさせていた。


「ソフィ殿は、大丈夫でござるか?」

 クラリスお嬢さまが、心配して、メアリーに聞いてみる。


「そんな、もう、知りませんっ! そんなことより、ほら、お嬢さま、アレンさんと合流ですよ」


「お嬢さま、おはようございます。あれ、メアリーさんどうかしたんですか? それに、ソフィさんも……」


 アレンが合流してきた。彼にとって、メアリーがツンツンしてるのは、よくあるのだが、ソフィが「そんな、ダメ、ダメよ、ぜったいに、ダメなのっ」とブツブツ言っているのは、初めてだったので、不審がった。


「それがしも、理解できないのでござる」

 クラリスお嬢さまも、ソフィの息が、ハアハアと荒いのは気になっていた。それに、もう、そろそろ離れてほしいとも……。お嬢さまにとって、ソフィの胸の膨らみは大きくて心地よいのだが、腕に絡み付かれたままでは、重くて疲れるし、何より動きつらい。


「アレンさん! 余計な人を連れて来ないでください」

 メアリーは、手に持っていたカバンを、アレンの隣りにいる人物に向けて、「あっち行け!」と示すようにして振った。


「今日は、朝から学園に用事がありますので、お嬢さま方と、ご一緒させて頂きます。それと、クラリス様、おはようございます」

 剣聖アルフレッドが、朝の陽光に歯を輝かせながら、まるで手品師のように、花束をクラリスお嬢さまに差し出す。


「よほど、おぬしは、それがしに斬られたいのでござるな」

 クラリスお嬢さまは、ビシッと花束を叩き落とした。というのに、相変わらず、ダメージを受けないのが、剣聖アルフレッド、彼という男の凄いところ。


 さあおいでといった感じで、彼は、両腕を広げた。

「クラリス様に斬られるなら、本望ですよ」


「き、きもいでござる……」

 クラリスお嬢さまは、彼との決闘を思い出してしまう。今のアルフレッドの表情は、決闘の刹那に見せた彼の表情に酷似していた。中身の「さむらい」にとって、そういう表情は、前世のぼんやりとした、やな記憶を想起させ、気分を悪くさせてしまう。


「剣聖、キモッ」

 汚物を見るような目で、メアリーは睨んだ。メアリーは、剣聖自身が、生理的に嫌いなだけだ。


「先生、大丈夫ですか?」

 アレンが、剣聖アルフレッドを気遣きずかった。アレンは、アルフレッドに弟子入りをし、最近では、彼のことを「先生」と呼んでいる。


「アレンさん、わたしなら、大丈夫ですよ」

 剣聖アルフレッドは、王国最高峰のメンタルを所持している。だから、彼は、朝から、二人の女性に「キモい」と言われても、全然平気のへっちゃらなのだ。


 そんな、アルフレッドを、朝陽が照らす。彼の歯が、キランと光り、手入れの行き届いた髪がキラキラと輝く。


 そんな彼の姿をみて、ソフィが、トドメを刺した。

「アルフレッドさま、キモいです……」


 剣聖アルフレッド、撃沈。


 風紀指導のサリバン先生は、ようやく視界に、獲物の姿を捉え興奮していた。もし、彼女に尻尾が生えていたのなら、ブンブンと振っていたことであろう。


 サリバン先生が標的と定めているのは、クラリスお嬢さま達だったのだ!


 入学式以来、クラリスお嬢さま達三人の風紀は乱れる一方だ。


 サリーちゃんの風紀メモによれば……。


「淑女が刀を持ったらダメッでしょ」


 彼女にとって、まず、これがダメだった。他の教師も、生徒たちも、従者ですら、不審がってないようだが、彼女にとっては、「絶対にダメったら、ダメなの!」だった。


 女の子は魔法使いを目指すべき、だから、剣なんて必要ない。魔法クラブ顧問の彼女にとって、これが、常識。だから、注意したついでに、魔法クラブに、彼女を誘うつもりだ。


 なんといっても、魔力測定用の魔石を壊すほどの魔力。そんな魔力の持ち主は、彼女の野望を叶えるために、喉から手が出るほど、欲しい人材だった。


「ペットを連れて来たらダメでしょ」


 次はコレ。

 最近、従者になった、ソフィの頭の上には、モフモフ精霊が乗っかっている。「できれば、モフモフしたい」などとは、彼女は、別に考えていない。「とにかく、ペットは、ダメなの!」だ。


 これも、注意したついでに、「ペットは、部室で預かります」という名目で、ソフィも、魔法クラブに入部させるつもりだった。付け加えれば、ソフィの巨乳は、サリーちゃんにとって風紀違反だった。「十四歳のロリ巨乳は、破廉恥だから、ダメなの!」だ。


 どちらにしろ、彼女の野望達成の為に、光魔法が使える、ソフィは、貴重な人材だった。


 メアリーは、彼女から見て、特に風紀違反は無い……おっぱいも丁度良い大きさだし……が、彼女もなかなかの魔力だから、なんか、適当に、ビシッと言って、魔法クラブに入れるつもりだった。


 とにかく、クラリスお嬢さま、メアリー、ソフィの三人を確保することが、彼女の野望を叶えることと、行方不明の部員を探すことを両立させる為には、どうしても必要だったのだ。

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