お題:運命の償い

私の前に死神が現れた!


なんでも、私の寿命はあと1週間らしい。死因は教えてもらえなかったが、とにかく1週間後私は死ぬ。

ここ10年ほど風邪もひいたことのない健康体。なのに突然死するとしたら事故か事件だろうか。痛いのはやだなあ、なんて緊張感なく思う。


ともかく、そうと決まったらやることは決まっている。銀行口座の中身を使い果たすのだ!


それから私は北海道に飛んだ。ちょっといいホテルに泊まって、おいしいものをたらふく食べる。その後は千葉のテーマパークで遊びまわり、京都に行って寺社仏閣を見て回った。手持ち無沙汰そうな死神も連れ回した。


もうこの世に未練はないって思った7日目。

無事に銀行の残高はゼロ円。財布の中にも小銭がいくらか入っているだけだ。


「さあ、どうやって私は死ぬの? その持ってる鎌で首切ったりするのかな? あ、だったら痛くないように一思いにやっちゃってね!」


死神に言うと、彼(?)は困ったような顔をした。


「おかしいな……君はもう死ぬはずの時間なんだけど」


手に持ったノートを猛然とめくり始める。

あれってデスノート? それとも閻魔帳って奴かしら、とか考えていたら、死神の指が止まる。

その元から白い顔が透き通りそうなくらい真っ白になって、こめかみからつーっと汗が滴る。


「………………ごめん。間違えた」

「―――——————は?」


たっぷり5秒は間が開いたと思う。


「その……人違いでした」

「ふざっけんなよ」


死神の黒いローブにつかみかかる。


「ふざっけんな! こっちはいつ死ねるか楽しみで楽しみで、人生最高の1週間を過ごしたってのにその結末がこれか? 人違いだ? そんな言い分通ると思ってんのかよ!!!」

「す……すまない」

「謝って済んだら神も仏もいらねえんだよ!」


私は死神を突き飛ばした。その身体が、霧のように実体を失う。


「お詫びに、君には向こう80年の寿命を保証しよう」

「バカヤロー私は死にたいんだ! 殺せ! 早く殺せよ!」


中指を突き立ててもいくら叫んでもそれ以上死神からの返答はなかった。


「畜生……」


今日は人生最良の日になるはずだった。それなのに死神の野郎が適当やりやがったせいで急転直下だ。あと80年も生きていかないといけないなんて、最悪だ。


そういえば、なんで死にたかったんだっけって思う。


死んで、どうしたかったんだろう。

大学入って、一人暮らしして、中退して、親には言えずにバイトして日銭稼いで。今年の春には誤魔化すのも限界だなーと思って酔っ払って目覚めて、そしたらいたのが死神だった。

これでやっと逃げれるんだって思って。死んじゃうなら仕方ないって。逃げ勝ちだって思って遊んだ。

今は、何もない。貯金も全部使ってしまった。

本当に、楽しかったなあ。


「ま、いっかー」


急に、色んなことがどうでもよくなった。

これまでずっと楽しいことなんてなかったけど、なんのために貯めてたのかもわからないお金をぱーっと使ってしまったら、こんなにも楽しかったのだ。

難しいことなんて何も考えなくても、私は楽しかった。


仕方ない。どうせ私は80年後まで死なないのだから。

80年間恨み続けて、私の前に現れた死神をぶん殴ってやろう。

ジム通いでも始めようかな。


私は立ちあがった。

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