【孤独】エバー・ラスティング・ライ
昔プレイしたゲームで似たようなことがあった。
森の奥に住んでいる魔女に会いたいのに、森にはまじないがかけてあって、同じところをぐるぐると回らされてしまう。
わたしはなかなかそのことに気づけなくて、ずっと同じ所をぐるぐる回りながら、大きな森だな、と思っていた。
隣で見ていたナナが呆れて、コントローラーを貸してと言うのでその通りにすると、すぐに魔女の家へとたどり着いてしまった。
その頃、わたしはナナのことを本当に魔法使いだと思っていた。
もしかしたら、本当にそうだったのかもしれない。
ナナの家にたどり着けなくなってしまった。
どれだけ歩いても、同じ風景がいくつも継ぎ足したみたいに続くだけ。
いくらわたしがとろいとしても行き慣れた友達の家を忘れるわけないし、だから、本当に。
ナナがわたしに魔法をかけたのか、ナナの家に魔法をかけたのか。
たとえばこの星に魔法をかけるなんて規模の大きいことはできない、と思うんだけど。
だからやっぱりゲームでこういうことがあるとだいたい森の中とか、あとはなんだろう、見える角度とかを何か変えてしまって勘違いしたまま迷っているとか。
引き返そうと思ったら一瞬。一つ前の角を曲がればすぐに自分の家に戻れる。たとえばそのまま近所のコンビニまで出かけようとか、学校に行かなきゃと思えばいつも通りにたどり着ける。
ナナの家にだけたどり着けない。
たぶん、わたしがナナのことを怒らせたから。
どうでもいいことだった。思い返しても、わたしだけが悪いってことはなかった。でも、わたしの方が悪いのは確かだった。
謝りに行こう、と思ったときには遅かった。
でも、何かできるわけじゃなかったから、ただ真っ直ぐにナナの家まで歩いた。
これまではちょっと行くだけであきらめていたけど、今回こそは。
きっとどこか、魔法のつなぎ目というか、錯覚の切れ目というか、どこかに違和感があるはずなのだ。
わたしなんかに見つけられるかどうかはわからないけれど、いや、今度こそは見つけてみせる。
まず、歩き始める。次第に風景が一定に均されていく。
猫とすれ違う。
見たことのない猫だ。
振り返る。猫は悠々と歩いて行く。
この子について行けば、もしかしたら。
わからないけど、同じ場所を二時間も三時間もぐるぐる回らされるよりはいい、と思う。
猫は後ろを歩いているわたしに気づいているはずなのに気にもとめず、ただ悠々と歩き続けている。
わたしは来た道を引き返すわけだから、本当ならすぐに家の方へと戻る、はず。
けれど景色は戻らず、振り返ったのにいつの間にか同じ道を歩かされている。
化かされたのかもしれない、狐や狸じゃないけど、猫だって何かそういういたずらをしてきそうな雰囲気がある。
少しずつ日が落ちてくる。猫は相変わらずだけど、そろそろ引き返した方がいいんじゃないか、って頭の片隅で何かが言ってる気がする。
でも、このまま引き返したっていつも通りだ。ナナに謝らなきゃ。
黄昏、って言うんだっけこういうの。わたしはどこでその言葉を知ったんだろう。
いつの間にかゆっくりと風景は変化していって、辺りから家が減っていって、少しずつ木が増えてくる。
流石に怖くなって、立ち止まったり、引き返そうかと思ったりするけど、ここで引き返して本当に帰れるんだろうか、とそれも怖くなってしまって、結局猫の尻尾を追いかけ続けてしまう。
この猫、どこに行くんだろう。
ただ山の近くに住んでる野良で、巣、っていうのかわかんないけどそういうところに帰るだけなのかもしれない。
そしたらもう帰れないかも。
スマートフォンを開く。ロック画面の時間が、見たことのない、読めない文字になっている。
どうしよう。
空の色が暗く、濃くなっていく。夜に山は、ちょっと。
少し先に、電灯の明かりみたいなのが見える。まだ真っ暗にはなっていないけど、その明るさで猫を見失わずにすんだ。
もうどうしていいかわからずに、とにかく猫がその明かりまでたどり着いてくれるように、そうじゃなくても一度あの明かりの下で休もう、と思いながら歩く。
家を出てからどれだけの時間が経ったんだろう。
ちょっと遅くなるかも、って言って出てきたけどやっぱり、きっとお母さんは心配してると思う。
明かりの下までたどり着くと、猫は消えた。
駅だ。
看板には『 』駅と書いてある。
昔に押しつけられた怖い話を思い出す。
太鼓の音がするんだっけ。
ただでさえ怖かったのに、どんどんいやな想像をしてしまう。
さっきの猫はどこに行ったんだろう。
知らない駅。知らないホーム。無人。
「何してるの」
そのときわたしは、漫画みたいに飛び上がったんじゃないかと思う。
ついでに口から心臓でも飛び出しそうなくらい。
「ナナ」
「こんなとこ居たらだめだよ」
帰ろう、といって手を差し出してくる。
わたしはその手を取ろうとして、つまづく。
足に力が入らない。
「ナナ、ごめん」
「あとで聞くから。とにかく帰ろう」
「立てないの」
ナナは仕方ない、とわたしを半分引きずりながら駅のベンチまで運んで、隣の自販機に小銭を入れ、何がいい、と訊いてきた。
お茶。
何茶。
甘くないやつなら、なんでも。
わかった。
ガタン、と小さく鳴って、取り出し口にペットボトルが姿を現す。
「ありがとう」
ポケットから財布を取り出そうとすると、いいよ、と止められた。
「なんでこんなとこ居るの」
「ナナこそ」
「わたしは、あんたがふらふらと駅のほう向いて歩いて行ったから」
心配して付いてきてくれた、のかな。
「ここは、あんたみたいのが来るとこじゃないよ」
黄泉路線。
死者の国に向かう列車。
「えっ」
びっくりして思わずお茶を飲もうとした手が止まる。
「わたしが止めてなかったあんたは、文字通り生き地獄に遭ってたわけ」
さーっと血の気がひいていく。
ぽろぽろと涙がこぼれる。
「脅しすぎたよ、大丈夫、落ち着いて」
怖さと安心となんかいろんな気持ちがいっぺんに来て泣き続けるわたしを、ナナがなぐさめてくれる。
怖かった。
そうだね。
ナナ、ごめん。
後で聞くって。
もう少しだけ待って。
待ってるよ。
ごめん、ほんとにごめん。
いい。わたしも悪かった。
ごめんなさい。
いいから、帰ろ。
少しして、夜を巻き戻すみたいに私たちは家路に向かう。
ナナは魔法使いなんだろうか。もう、気にしちゃいけないようにも思う。
大事な友達には違いないのだし。
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