【駅】ガールフレンド

 なんでそんなとこで死んでんの、って言われたってさ。覚えてないんだ。

 線路を挟んで向かいのホームにあなたがいる。

 あなたの幽霊が。

 たぶんなんか、知ってる人なんだろう。

 わたしも幽霊。

 いわゆる地縛霊というやつらしい。

 端から見たらずいぶんと滑稽な絵面だろう。

 地縛霊がふたり。線路を挟んで会話してる。

「ほんとに、なんにも記憶ないの」

「いや、そうでもなくて」

 自分が何者なのか、ってことだけすっぽり抜けて思い出せない。漫画や映画で観るたびに、そんな都合のいいことあるわけない、と思ってたけど本当にあるんだ、と変な感心をしてしまった。

「そっかあ」

「だから、覚えてることもあるの」

「なのに、わたしのことは覚えてないの」

「ごめん」

 謝らないで、と言いながらも意地悪げな笑みを絶やさない。

「なんて呼べばいいかな」

「あらためて言われると困るけど、そうだなあ」

 月も星も音もない夜。

 静かだ。

「かな、って呼んで」

「わかった」

 かなはわたしの、完全に新しく知り合った人間にするようなコミュニケーションに戸惑っているみたいだった。

「ね、ベティ」

 一瞬の間が過ぎ、ああ、もしかしてわたしか、と思い当たる。

「それ、わたしの名前なの」

「うそ。ゆか」

「わたし、ゆかっていうの」

「そう」

 自分の名前を人に教えてもらうだなんて。

「今からうそつくの、なしね」

「うん」

「はい、でしょ」

「いつからゆかはわたしの母親になったの」

 ふたりで小さく笑う。夜の駅だなんて、怖くていわになるに決まってるのに、そういう感覚は麻痺してしまっている。

「生きてた頃にね、変なお芝居を観たの」

「うん」

「なんか、三人、男、女、女が壺に入って頭だけ出してて、スポットライトが当たると同じことを繰り返し喋るの」

「え、こわ」

「そう。意味わかんなくてさ」

「え、なんかよくない夢の話とかじゃなくて」

「なくて。よくこんなわけわかんないことするなあ、って思ったんだけど」

 まあでも、今のわたし達も似たようなもんだよねえ。

 皮肉、を辞書で引いたらこの顔が出てくるんじゃないか、っていうちょっといやそうな、意地の悪そうな表情を浮かべながら笑う。

「わたし達、ずっとこのままなのかな」

「わからないけど」

 もしかしたら、巫女さんが除霊してくれるかもよ。

 わざわざ、駅まで来て。

 巫女なんて、正月の神社でしか見ないけど。

 一回だけバイトしたことあるよ。

 どうだった。

 どれだけ小さな声を出しても届いてしまうので、面白くなってひそひそと話す。

「まあね、大変だったよ」

 わたし達がどうでもいい話をしているうちに、日が昇り人が増えて電車が来て去って行く。

 駅の風景を早送りとスローで同時に再生したみたいで、時間の感覚が無くなっていく。

「なんかさ」

「うん」

「世界に置いてかれたみたいに思わない」

「わかる」

「でも、死ぬって、死んでるってそういうことなんだよね、きっと」

 わたし達は哲学者になれる。死にさえすれば。

「名言だけで本が書けそう」

 そのぐらいにわたし達は会話を重ねて、いくつもの、きっと、状況さえ違えば輝いたであろう言葉の数々をその辺に捨てていく。それしかやることがないから。

「あの変なお芝居のこと、いまなら理解できそうな気がする」

「してどうするの」

「それを言ったらさ、もうやることなくなっちゃうじゃん」

「ごめん」

 わたし達は幽霊なのだ。

 かなとわたし、ふたりで時間の狭間に閉じ込められた。

 確かに試験もなんにもない。けど運動会することもできない。

 ただぼんやりと同じ場所で無益な会話を繰り返すだけ。

 かながいなければ狂ってしまっていたかもしれない。

「ゆかはさ」

「うん」

「自分のこと、思い出したいって、思う」

 訊かれて少し考える。

「ううん、あんまり」

「そっか」

 暇つぶしくらいには、なるかもしれないけどね。

 言って小さく笑う。

「わたし、たぶん、自殺してるんだよね」

「そうなんだ」

「なんか、やっぱその瞬間、みたいなのはあやふやなんだけど」

 ほら、事故の瞬間みたいな、って言われても、ちょっとわからない。

「なんで、ゆかみたいな友達がいたのに、死んじゃったんだろ」

「ほんとにね」

「そこは頷くところじゃなくない」

 笑う。

 ずっと笑ってるような気がする。そう言うと。

「だってほら、悲しいことは現世に置いてきちゃったから」

「詩人だ」

「からかわないでよ」

 でも、わたしもそう。

 きっと思い出した方がつらいんだと思う。

 じゃなきゃ、こんな場所で死んでるわけない。

 ずっと楽しいってことはずっとつまらないのと一緒。

 どこかでそんなような話を聞いた。

「いつまでこうなんだろね」

「さあ、どうだろ」

 わたし達は今日も他愛ないお喋りを続ける。

 おかしくなるか、祓われるまで。

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