【沈黙】おなじ話
誰かがさ。
「誰かが、『沈黙の次に美しい音』っていう言い方をしたらしいんだよ」
「でもさ、思うんだけど、沈黙ってそんな美しいのかって」
「なんかさ、人の声がうるせえ方が、よっぽどきれいな気がすんだよな」
返事はない。
できない。
島にいる。
わたしとカナリーは遭難し、気づいたらこの島にたどり着いていた。
カナリーはずっとしゃべり続けている。
そろそろ腐敗し始めたわたしの死体に。
「あー、わたしも死ぬのかな」
返事をしてあげたいけれど、死んでいるのでどうにもならない。
「ほんとはなんか、埋めてやった方がいいんだろうな。人の形してるうちに」
「でもさ、話相手がほしいんだよ。カモメに話しかける気はしねんだわ」
わたし達は兵士だ。兵士だった。
殺して、殺して、殺されかけて、逃げた。
最終的には死んだ。わたしは。
カナリーはうまくすれば助かるかもしれない。
「ああ、うるせえ。波の音がうるせえ。風が、鳥の鳴き声が、何もかもうるせえ」
「戦場には帰りたくねえけど、銃声ってかな、とにかくデカい音で何もかもかき消して欲しいな」
わたしにわき始めた虫を払いながらぼうっと空を眺めている。
「防音も行き着くところまで行くと気が狂うんだってっけど」
「戦争なんてまともじゃできねえしなあ」
「このまま腐ってくのと、サメの餌になんの、どっちがいいんだか」
太陽がまぶしい。
きっと、少し手を入れただけでリゾートになるような、恵まれた島。
カナリーは本気になれば救助を待ちながら生きていくことができる。
その気さえあれば、の話。
「わたし達もさ、どうせ地獄に行くんだろうな」
「でも、人をたくさん殺したからって文句言われるのも納得いかねえ」
「生きるために食べた動物とか、走るために潰した虫とかよ、なかには人間より偉いやつだっているだろうに」
「人間には天国なんて贅沢すぎるんだよな」
カナリーが向かう地獄があったとして、わたしもそこに行けるだろうか。
「世界でいちばんうるさい音つうのはさ、心臓の音なのかも」
「お前みたいに死んでみたら、本当に美しい静寂っていうのがわかるのかもしれないな」
ねえ、いまわたしはカナリーの言葉を聞いているよと、話しかけることができたなら少しは何か、カナリーのことを救えるんだろうか。
それとも、取り憑いて殺すことができたなら、カナリーは救われるだろうか。
同じ地獄に行けるだろうか。
何一つまともじゃない。
「いま、ここに銃があったら何を撃つんだろう」
「こんな時でも自分を撃つのは怖いんだろか」
「お前は撃つまでもなく死んでるし、鳥でも撃ち落とすか」
手を銃の形にして、ぱん、とつぶやくその声にはもう何も残っていない。
わたしは腐っていく。
カナリーも、わたしも、いろんなものが麻痺し、失われてしまった。
「もうさ、こんなんなると、生きてるのも、死んでるのも、変わんねえよなあ」
笑ってみせる。
カナリーは美しかった。わたしにかわいいと言ってくれた。
今や二人にその面影はない。
南の島の暑さに、汚れた雪のように溶けていくだけだ。
「何もかもがうるせえなあ。静かなのはお前だけだ」
死人に口なし。
無数の虫だけが折り重なって羽音を鳴らしている。
「なあ、死体でいるのって、どんな気分だ」
気分。
どうだろう。そもそもこうして考えているのは正しく死んでいることにならないのかもしれないけど。
今後どうなってしまうんだろうって思うし、あの地獄から逃れられた、カナリーみたいな生き地獄に置かれなくてよかった、っていうのもある。
概ね、生きてるのと変わらない。
「わたしももう死んでるようなもんだけどさ」
命っていうのは一かゼロなんだと、改めて考える。
わたしとカナリーがならんでいるこの光景はデジタルデータみたいなものだろうか。
「お前、なんかやり残したこととかある」
あるって言えばあるけど。
「ていうかさ、やり残したことなんてあるに決まってるよな。いや、決まってはいないのか」
「でも、やり残したことなんて何もないなんてやつ、たぶん死んでるも同然だよな」
「ゾンビだ、ゾンビ。お前みたいだ」
「いや、黙ってる分だけお前の方がえらいか」
「黙ってわたしの長話に付き合ってくれてんだから、ほんとえらいよな」
死んでるだけだけど。
「いや、死んでんだけどさ。でもまだお前はお前で、死体じゃないっつうかさ」
「たぶんきっと、わたしがお前のこと死んだな、もうこの人じゃなくてこれで、ひとりじゃなくてひとつだ、って思った瞬間から死ぬんだよお前は」
「虫もわいてんのに何言ってんだ、って感じだろうけど今更だ、誰も咎めやしないし、もとからわたし達はおかしくなってる」
永遠にも思えるような時間で、じっとりと太陽に溶かされて腐っていく。
わたしはひとつになって、カナリーもじきそうなる。
ひとつがふたつになる。
「なあ、」
一切が空。
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