希望の轍〈サザンオールスターズ〉


 一台のバイクをカスタムする──まるで絵画か彫刻でも仕上げてゆくような作業に近い話なのだが、それにはどうやら方向性が要るものであるらしい。


 専門学校へ通うこととなった松浦まつうら希は、まずクラッチペダルをさばくときに爪先が引っかかるから──という単純な理由で、レッグカバーをカットタイプに変えた。


 もともと水泳をしたりしていたので、立ちゴケこそしなかったが、シフトペダルをさばきながらブレーキを踏んだり、ときにはウィンカーをつけたり消したり…なかなか忙しい運転に、はじめは希も戸惑ったが、次第に慣れてくると、


「やっぱりバイクは鉄だよね」


 などと、いっぱしなことを言うようになった。



 希の実家のサーフショップは、浜須賀の海水浴場から少し陸へ入ったところにある。


 専門学校は大船にある。


 遊行寺へ向かう道を戸塚の方角へ進めば、着くことができた。


 ブルーに白のノーマルなスーパーカブから、カットレッグカバーになり、ピリオンシートがついて…と次第に希のカスタムカブは、表参道あたりにありそうなカフェカブのような雰囲気に変わっていった。


 学校の帰り、希がサーフショップへ帰ると、緑も鮮やかな一台のカスタムカブが停まっている。


「あれ、誰のバイク? お客さんの?」


 何気なく気になった希は店番をしていた母に訊いてみたところ、


「愛媛からイトコの佑ちゃんが来てる」


 というのである。



 確かに外へ出てあらためて見てみると黄色の宇和島ナンバーで、しかしその割には大きな箱がリアキャリアについているだけで、荷物の積みようがないように希には思われた。


 程なく外へ佑ちゃんこと園田そのだ佑一郎があらわれて、


「希ちゃん、大きくなったねぇ」


 と言った。


「…お、希ちゃんのはカフェカブ風かぁ」


 希のカスタムカブを見て佑一郎は言った。


「こんな小さい箱で愛媛から来たの?」


「これね、ただの箱じゃないんよ」


 佑一郎はリアキャリアを指し示した。


 よく見るとそれは新聞屋で使うようなワイドキャリアで、箱も大きめの600という数字が読み取れた。


「ネットでこの箱をつけてる人がいて、キャリアごと変えれば積めるのがわかってやね」


 おかげで取り回しが楽やった、と佑一郎は言った。


「まぁ希ちゃんはロンツーやるかどうか分からんけど、これは楽やぞ」


 佑一郎は少し酒を飲んでいたようであった。



 その日は愛媛から持参したらしいもので炊かれた鯛めしをみなで食べ、翌日は休みでもあったので希は佑一郎を鎌倉へ案内した。


「バイクで鎌倉走るん、夢やったんよ」


 佑一郎はテンションが高かったようであった。


「ライダーは湘南か北海道を走るんが夢で、あとはこれで北海道に行くだけなんやけど、さすがに宇和島からは遠いけぇ」


 材木座の海岸で停め二人でアイスを食べ、海を眺めながら佑一郎は言った。


「希ちゃんは、夢はあるんか?」


「いや、まだ…」


「夢は持つだけ持っとけ。そしたら老けんで済むけぇ」


 バイクのカスタムと人生は完成予想図が大事じゃけ──佑一郎は器用にアイスを食べながら、


「こげな風にしたいって思ってたら、面白いぐらいパーツ揃いよるし、ほんで組み付けながら予想してゆくと、これほど楽しいこともないけん」


 どうも祐一郎はカスタマイズしながら夢に近づいているようであったらしい。



 佑一郎が茅ヶ崎を発つ日、


「あのな希ちゃん、チェーンカバーはボディと色揃えとけ。輸出車みたいになってカッコえぇぞ」


 と言い置いて、そのまま佑一郎は去ったのであるが、しばらくそのままにしておいた。


 しばらくして、チェーンカバーに錆穴が空いたので新しく変えることになり、その際にボディと同じブルーに塗装したカバーに変えてみた。


 カバーひとつ変えただけであったが、見違えるように雰囲気が変わったので希は驚いたのだが、


「…なるほど、こんな変え方もあるんだ」


 それから希はネットでイメージに近い写真を見つけては、パソコンで合成してみてから実行に移した。



 立ち上がりの強いブルーの希のカスタムカブは、マフラーが錆びるとダックスからアップマフラーを移植し、ペダルがヘタるとリトルカブのモデルを採用し、更にはミディシートにするとキャリアも専用のそれに変えて、小さいながらもラッゲージボックスをつけた。


 なかなかシャレたカスタマイズにして湘南を走るので目立つ存在であったらしく、


「サーフショップのカスタムカブ」


 といえば、希のそれであると知る人は知るようにもなった。


 まだそれでも完成版ではなかったらしく、


「進化って楽しいなぁ」


 希にすれば、ライフワークのようなものになっていたらしかった。


 これが後にインスタグラムで話題となり、


 ──カスタムカブののぞみちゃん。


 というちょっとした有名人のようなものになり、サーフショップも前より流行るようになった。


 専門誌で表紙を飾るようにもなり、


「うちの事務所に入りませんか?」


 という誘いも何件かあったらしかったのであるが、それは断わった。


「別に有名になりたいわけじゃないし」


 希は専門学校を出ると実家のサーフショップを手伝うようになり、そこで知り合った青年と後に結婚し、姓も小泉に変わった。



 披露宴のときに愛媛の佑一郎から、発泡スチロール箱に入った鯛が届けられた。


「愛媛から鯛が来た」


 というので話題になったらしかったが、希は新婦であいさつ回りばかりしていたからか、とうとう食べ損なってしまったらしく、


「今度また送ってもらう」


 という希に、電話の向こう側で佑一郎は苦笑いをしたのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る