今日もどこかで〈小田和正〉


 急な雷雨に降られて、雨宿りをしていたときのことである。


「あの…バイク旅ですか?」


 隣に居合わせた制服姿の女子高校生に、近江おさむは声をかけられたことがあった。


 この日は実は修の家では妹の結婚式があったのだが、


「お前は死んだことになっているから、式には出ないでくれ」


 というので、スマートフォンの電源を切ったまま、横浜からここまでずっとクロスカブで道の駅まで転がしていたのである。


 しかし急な雨であったので、仕方なく止むのを待っていた。


 そこへさきほどの女子高校生である。



 そこで修はくだんの結婚式の話をすると、


「…それはひど過ぎます!」


 高校生らしい変な正義感からなのか、腹を立てて言った。


「あなたが怒ったって何も変わらないさ」


 修は力なく笑ったが、


「私はお兄ちゃんいるけど、そんな風に考えたことなんかないし」


 彼女は我慢がならなかったらしい。


「そんな家族なんて縁切ればいいのに」


「そしたら、この俺はどうすればいいんだ?」


「この町に来て、新しく仲間や家族を作ってのんびり楽しく暮せばいい」


 彼女にすれば、軽い気持ちで思わず言ったものであったかも分からなかった。



 彼女は津島あかねといった。


 ずっと地元であったらしく、


「バイクでいつか、旅をしてみたいって思ってて」


 それで修に思わず話しかけたらしい。


「お兄さんのバイクは、アレ?」


 指をさす先には、雨に濡れた黄色いクロスカブがある。


「あれで横浜から来た」


 茜は横浜という地名に驚いたらしかったが、


「横浜かぁ…」


 感慨深げにつぶやいた。


 しばらく雨が止むまでの間、ちょっとした話をして意気投合したので、


「LINEだけ交換しよ?」


 茜が言うのでIDを交わした。



 その日はそれだけで宿についたのだが、宿でスマートフォンを充電するために電源を入れると、おびただしい数のLINEのメッセージやら、メールやら不在着信やらがある。


「とにかく連絡をよこせ」


 ということらしかったが修は、


「死んだことになってるのだから」


 というので、また電源を切って充電だけコードを差し込んでその日は寝た。


 翌朝、茜からのメッセージを確認していると、妹の同級生の兄で、かつてクラスメートであった有馬弘毅から着信が来た。


「近江、お前今どこだ?」


 道の駅から宿に来た、とだけ告げると、


「お前の妹の結婚式、かなり荒れたんだぞ」


 あの着信やメッセージの数でただ事ではなかったというあたりまでは察せられたが、どうやらひどかったらしい。





 結婚式の挙式はなんの問題もなかったらしいのだが、事態は披露宴で急変した。


「あれ? 修兄ちゃんは?」


 と、訊いてきた親戚がいたのである。


 とりわけ修と仲が良かった大阪のイトコの近江勲は、


「こないだ電話で話したばっかりの修ちゃん、いつ死んだんや?」


 などと新婦である妹にしつこく訊いて回るので、新郎の両親に問われて、


「いや…こいつ兄貴死によったらしいねんけど、うちそんなん初耳やし、オマケに葬式にすら呼ばれてへんしやね」


 などと言ったので新婦が問い詰められ、ほどなく真相がバレたらしい。



 それで修を呼び出せ──という話になったのだが、電話もメッセージもつながらず、しまいには警察が出張って捜索願が出される始末になった…というのである。


「有馬、すまんが俺は知らんから」


 それだけを言うと一方的に通話を切った。


 茜にことの仔細を語り聞かせると、


「修さんはどうするの?」


「横浜に帰りづらいんだよね…」


「じゃあ、私のお兄ちゃん役場にいるから聞いといてあげるよ」


 茜は言った。


 その日の夕方、クロスカブにロープで荷物を縛り、帰り支度をしていた修に電話が来て、


「津島茜の兄です」


 役場で移住支援制度を担当していたらしく、


「よかったら体験ツアー、やってみませんか?」


 というので、仕事も上手くいっていなかったのもあり、そのまま空き家を借りての移住体験をすることにした。



 移住体験で修はすっかりこの田舎町が気に入って、隣のおばちゃんやら向かいのおじさんから可愛がられるようにもなり、


「俺、ここに住むわ」


 そう言うと横浜の家を引き払って、あらためて町へ住み始めた。


 茜は一年ばかり専門学校に行っていたのだが、戻ってくるとすぐに修のもとへ逢いに行くようになった。


「私の言った通り来たんだね」


 茜はそれが嬉しかったようであった。



 住み始めてから数年が過ぎた頃、


「うちの茜と結婚する気はありませんか?」


 という茜の兄の言葉もあって、すでに付き合っていた茜と修は籍を入れた。


 茜は専門学校のときにバイクの免許を得ていたが、


「私のは色違いだよ」


 よく見ると、新居には修の黄色と茜の赤の二台のクロスカブが並んでいる。


 用事があると二人は、連れ立ってクロスカブを乗るので、町ではちょっとした風景となった。


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