super"shomin"car〈CECIL〉


 通勤の足に──と高坂華子かこが原付を買おうとした際の話である。


 たまたま駅前通りのバイク屋にベスパ50がディスプレイされてあるのを、バスの窓越しから見たのがきっかけであったのだが、


「ベスパねぇ…うーん」


 昼休みにスマートフォンで調べていたところに、営業部にいた渡邊ひかりという先輩がやってきて言うのである。


「うちの旦那、こんなの乗ってるよ」


 見せてもらった写真には、可愛くオールペンされたショッキングピンクの郵政カブが写っていた。


「旦那もベスパと悩んで最終的にはこっちに決めたんだけど、可愛らしくカスタマイズ出来そうだから決めたんだってさ」


 それで少し心が揺らいだのか、華子はカスタムカブを調べて見たのである。



 そんな最中の日曜日に華子は皓の家へバーベキューに呼ばれたのであるが、


「うちの旦那の友達の桜内さくらうちさん」


 紹介されたのはカスタムカブの仲間、通称をカブ仲間と呼ばれていた桜内健次郎である。


「この人のカスタムカブ、オシャレなんだよねぇ」


 その日健次郎が乗っていたのは、カットレッグカバーにスチールのフロントフェンダー、足にはブロックタイヤを穿かせたオフロードモデルのもので、


「他にも何台か手掛けてるみたいで」


 写真を見せてもらうと、白バイ風からマフラーをアップタイプに変えたタイプやら、タイヤを太めにしてあるものやら様々に変化したカスタムカブが並んでいた。


 華子はそれだけですっかりベスパからカスタムカブへ気持ちが移っていたらしく、


「今度一台レストアしたら譲るよ」


 との約束まで取り付けて、その日は帰った。



 それから半月ばかり過ぎた週末、


「カコちゃん向けにカスタムした一台が仕上がった」


 というので、引き取り先である皓の家で待っていると、軽トラックに乗せられたオレンジのカスタムカブがやってきた。


「色は好みを聞いて塗った」


 華子にリサーチしてから健次郎がオールペンし、レッグカバーはカットタイプの黒で引き締め、シートやラバーグリップなどは黒に統一し、ピリオンシートまで黒に張って仕上げてある。


「オレンジはありそうでない色だから、遠くからでもすぐ分かる」


 健次郎いわく、目立つほうが却ってイタズラには遭いづらいのだそうで、


「手が入ってないものほど、不思議なぐらいイタズラされるんだよなぁ」


 との由であった。


 それからの華子はまるで、子供が初めての自転車を買い与えられたときのように、歩いて行ける距離のコンビニにさえカスタムカブを使って買い物へ行ったりするほど、理由なんかなくても乗っていた。


 もともと通勤用であったから、定期券代で代金は楽々と肩代わりで終わり、皓もオレンジのカスタムカブを見ると、


「カコちゃん今日は内勤なんだ」


 などと分かるようになった。


 休日に晴れていると華子は、アパートのある茅ヶ崎から国道を転がして鎌倉へ行ったり、ときには横浜まで遠乗りすることもあって、


「その素敵なバイク、どこのショップで買ったんですか?」


 などと女子大学生ぐらいの子から声をかけられたこともあった。





 そんなとき。


 駐車場で、シートをカッターナイフか何かで切られたことがあった。


 このとき華子は怒りより悲しかったようで泣きそうな顔をしていたのだが、


「…どうしましたか?」


 声をかけてくれたライダーがいた。


「とりあえず、黒のガムテープで応急処置だけしましょう」


 そういうと近所のホームセンターで調達してきたらしい黒い布テープで応急手当だけしてから、


「かぶせるタイプのシートカバーがありますから、紹介しますよ」


 ライダーは型番をメモして華子に渡し、


「分からないことがあったら連絡ください」


 名刺を渡して去っていった。


 手際が良かったので初めは疑わしかったらしいが、


「いや、かなり乗り慣れてるとみんなそんなもんだよ」


 健次郎は笑い飛ばした。



 華子が渡された名刺を健次郎が見ると、


「…東條一誠いっせいって、アイツのことかなぁ?」


 どうやら知り合いらしい。


 LINEでその場で訊いてみると果たしてそのとおりで、


「コイツ、俺のツーリング仲間だよ」


 世の中狭いなぁ──健次郎は再び笑った。


 程なく一誠のアドバイスどおりに華子はシートカバーを新しくしたのであるが、クラシックな雰囲気にしたかったのか、茶色で統一したものにした。


「茶色にすると雰囲気変わるんだねぇ」


 皓が見たそれは、どこか外国のバイクのようなノーブルな感覚をまとったような姿のカスタムカブであった。



 華子は一誠にお礼のつもりでお菓子を渡すために一誠と会ったのをきっかけに親しくなって、皓や健次郎が気づいたときには、すでに交際していた。


 はじめは驚いたらしいが、


「あの二人なら、案外お似合いかも」


 皓いわく可愛らしい華子と、ワイルドだが整った顔の一誠は、どこか馬が合ったらしかった。


 しばらくして皓の家へ華子と一誠が連れ立ってあらわれたのであるが、


「うちら、結婚することになった」


 と報告をしに来た。


「こんなことがあるんだねぇ」


 皓はその話題をインスタグラムに書いたところ、


 ──縁結びカブ。


 といつしか呼ばれるようになっていたらしい。


 以下これは余談ながら、健次郎がカスタマイズしたカスタムカブが縁で成婚にこぎつけたカップルがいくつかあったことから、健次郎は勤めていた会社から独立して、カスタムカブの専門店を開くに至った。


 そこそこ繁盛もしたようで、


 ──パワースポットのバイク屋。


 として話題にもなり、栄枯盛衰の激しい業種にあってめずらしいほどネームバリューのあるショップとなったようであった。


 めでたい、というより他ない。


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