断じて行えば鬼神も之を避く(13)
噛み合うことのなかった歯車がここに来て、ようやく噛み合い始めていた。翻弄され続けていた戦車の動きは大まかなデータが取れ、状況ごとにどのように動くのか、何となくの予想は立てられるようになっていた。
握ったところで相手に届く気配のなかった拳も、必然的に届くようになっていた。手の中に残る、明確に殴ったという感覚が心地好く、ディールは自然と笑みを零してしまう。
握り締めた拳を振り切って、吹き飛ぶ戦車の様子を目にしながら、子供のように無邪気な笑みで顔を一杯にする。心の中の少年は裸足で野山やゴミ山を駆け回ったあの頃のまま、今のディールに祝福の微笑みを送ってくれていた。
転がる先で戦車は身を起こし、僅かに身体を動かし始めた。ここまでディールは戦車に有効と思えるほどの一撃を与えられていないが、今の戦車はそれまでと違い、やや様子がおかしかった。
拳によるダメージがようやく戦車の芯まで届いたのか、将又、ディールが戦車の行動を予測した上で行動したことに対する疑問か、どちらにしても、戦車の牙城は崩れつつある。
相手が弱過ぎると当然のように詰まらない。相手を殴ることに喜びを覚える戦闘狂だとしても、蚊を喜んで潰すことはない。相手の抵抗があって、ようやく喜びは生まれるものだ。
かと言って、相手が強大過ぎると、それもそれで詰まらない。バッド一本でボロ小屋を懐胎することを面白いと思っても、バッドを山の斜面にぶつけ続けることに楽しみを見出だす奴は変態だ。そこまでの変態ではない。
必要なのはバランスだ。あくまでこちらの力が相手に通用するかもしれない、と思えるところが大切だ。実際に通用したという実感もあれば尚良い。
砂に埋もれた化石を発掘するように、少しずつではあるが着実に、ディールの拳が戦車の身体を捉えている現状は、ディールにとって正に理想と言えるものだった。
戦車が自身の身体の様子を確認するように首や腕を動かしながら、不思議そうにディールを見つめてきた。
「加減していたのか……?」
そう呟いてから、それはないと自分自身で答えを出したのか、戦車は首を傾げた姿勢のまま、僅かにかぶりを振っていた。そのまま確認のために動かしていた身体を止めて、今度は一切の動きを見せないまま、ただただディールを見つめてくる。
その様子にディールは消し去れない笑みを浮かべ、不思議そうに小首を傾げた。どうしたのかと聞こうと口を開きかけるが、その前に戦車が僅かに唇を動かす。
「このままでは不十分か……」
「ああぁ? 何を言ってるんだぁ?」
ディールが戦車の呟きに疑問を口にした直後、戦車の口が大きく開かれ、ディールの呟きが一瞬で消え去るほどの声が発せられた。
「ああぁああああああああああ!」
「うるせぇ!?」
耳を劈くほどの戦車の叫びにやられ、ディールは慌てて両耳を手で押さえながら、戦車に抗議の声を向ける。
しかし、戦車はその言葉を聞く様子がなく、叫び声を上げることしばらく、次第にディールの目にも分かるほど、戦車は明確に身体を変化させていた。ゆっくりと薄灰色に変わっていく身体を見つめて、ディールは怪訝げに眉を顰める。
「何だぁ? また小細工かぁ?」
うんざりという様子でディールが呟く中、戦車の声が唐突に止んで、再びディールの方をまっすぐに見つめてくる。戦車の体色はその時点で完全に変化していた。
「身体の色を変えてどうしたんだぁ? 気分転換かぁ?」
挑発するようにディールが呟いた瞬間のことだった。戦車の身体が目の前から消え、ディールはさっきまでに見た戦車の動きを思い浮かべていた。移動してくると思ったディールが周囲に意識を向けながら、戦車の攻撃に備えて、体勢を整えようとする。
瞬間、ディールの頭は何かに掴まれていた。そのことを自覚した時には遅く、ディールの身体は気づけば吹き飛んでいて、壁に力任せに叩きつけられていた。意識が吹き飛びかけて、ディールは白目を剥きながら、その場に崩れ落ちる。
「貴様を叩き潰すために全力を尽くそう」
そう宣言する戦車の声が頭の中に浮かび上がり、辛うじて保たれた意識の中でディールは微笑みを浮かべる。
ようやく辿りついた。その実感がディールの身体を包み込み、受けたダメージ以上の高揚感を生み出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます