断じて行えば鬼神も之を避く(12)

 ディールの足は燃えるように熱かったが、感覚の大半を手放した今、そのことを気に留めることはなかった。速度を増した鬼火は戦車を押し潰すように落下し、無機質な床に触れたと思った途端、一気に熱風と炎を全方位へと押し広げていく。


 床の上を滑るように炎が広がって、戦車の姿がその中に消えていく様子を目撃し、ディールは炎の隙間に身を落としながら、堪え切れない笑みを口元に浮かべていた。これがどれだけのダメージを戦車に与えているかは検証するまでもなく、容易に想像できることだが、そうだとしても、これだけの状況を生み、これまでの借りを返せたことは愉悦に値した。


 ディールは周囲を包む炎を厚かましく思い、邪魔だと言わんばかりに片腕を振るって、無理矢理に掻き消していると、前方の炎の中から身体を僅かに焦がした戦車が身を起こし、同様に周囲の炎を拳圧だけで取り払っている。


 その様子を見ながら、ディールは口元を大きく開けて、堪えることもなく、見せつけるように笑みを浮かべた。


「自分の炎に焼かれた気分はどうだぁ?」


 心の底からの歓喜が声に乗ってしまい、思わず上擦らせながら、ディールは戦車に問いかける。戦車はその声に反応するように視線を向けてくるが、そこに言葉はなく、ただ周囲の炎を追い払うように腕を振るっていた。


「どうしたぁ? いい加減に分かったかぁ? こんな小細工はもう通用しないってことによぉ?」


 ディールがケタケタと笑いながら聞いていると、戦車は一切、表情を変えることなく、じっとディールの方を見つめたまま、炎を振り払う行動すらやめてしまう。


「ああぁ? 何だぁ?」


 その視線にディールが首を傾げ、戦車が何を考えているのか、少し頭でも働かせようかとした直後のことだった。ディールの思考が始まる前に戦車の身体が消え、強く物を打ちつける音だけが辺りに響き渡った。その一瞬の光景に目を疑いながらも、ディールの目は逃すことなく、戦車が立っていた場所に残された痕跡を発見する。


 足跡。戦車がさっきまで立っていた場所には、人間の足跡が強く残されていた。何かは分からないが、ディールの拳ですら受け止める金属製の無機質な床だ。


 そこに足跡が残るほどに踏み込んだ。ディールは戦車の行動を判断し、即座に頭を動かそうとした。


 そこに戦車の巨体が滑り込むように現れた。見た目の重さからは想像もできない速度での移動に、ディールは驚きながらも、それ以上の喜びに包まれていた。


「やっとかぁ!?」


 耐え難い喜びに思わず声が漏れた瞬間、戦車の振り抜いた拳がディールの顔面を捉えた。ディールの身体は人形のように軽く、宙を舞ったかと思えば、そのまま受け身も真面に取れずに、無機質な床の上を転がっていく。


 痛い。はっきりと痛みが分かる一撃に、ディールは転がりながら笑みを浮かべ、爆発した喜びを表現するように床を両手で叩きつけた。

 その勢いで飛び上がるように立ち上がって、ディールはさっきまで自分が立っていた場所に立つ戦車を見つめる。


「ようやくかぁ……? ようやく殴り合いの時間かぁ!?」


 隠し切れない高揚感に包まれ、嬉しそうに心の底からの喜びを爆発させるディールを前にして、戦車は不可解そうに自身の拳を見つめていた。そこには確かな手応えがあって、ディールの意識を確実に刈り取ったと思っただろう。

 実際、ディールの負ったダメージは相当なものだった。が、既にディールは壊れかけている状態だった。


 感覚を失いつつある中、それでも痛みを感じた一撃に、ディールはその強さや重さを理解しているが、そうだとしても、それで気を失っては勿体ないという考え一つで、ディールは無理矢理に途切れそうな線を繋ぎ止めて、その場に立っていた。


 明日どころか、半日、一時間、一分、一秒先すら、一切考えていない行動だ。そこで倒れても構わないと思っていたら、身体はそれが無茶であっても答えてくれているようだった。


「さあ、殴り合いのターンになったなら、こっちからも殴らないとなぁ……!? 失礼ってもんだよなぁ……!?」


 ディールが拳を構え、戦車に詰め寄るために下肢に力を込めようとした。それに気づいた戦車が視線をこちらに向けた直後、戦車の姿が再び消え、代わりに猛烈な音だけが響き渡った。同様に床には足跡が残っており、戦車が力強く踏み込んだことは伝わってくる。


 だが、既に戦車は攻撃した後だ。そこからディールの攻撃を考えることなく、自身の攻撃に移るのは横暴ではないかとディールは憤怒した。


「おいおい、ルール違反じゃないのかぁ!?」


 そう叫んだディールが一切の目視なく、闇雲と思われる方向に手を伸ばし、何かを掴む動きを見せた。


 瞬間、その場に移動していた戦車の身体が掴まれ、戦車は拳を構えた体勢のまま、驚いたように表情を変える。


「何ィ……!?」

「俺にも殴らせろよぉ!?」


 そう叫んだディールが一気に拳を振るい、掴まれた戦車の巨体は再び宙を舞っていた。

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