断じて行えば鬼神も之を避く(11)

 ディールの拳はまっすぐに射抜かれ、無防備だった戦車は無機質な床に激しく叩きつけられた。バウンドする戦車の身体を眺めて、ディールは満足そうに笑みを浮かべる。

 ズタボロで感覚の半分以上が宙に浮いた身体でも、確かな重さを伴った一撃が生まれ、ディールのテンションは更に上がろうとしていた。


 戦車は転がった先で身を起こし、ディールの一撃から状態を整えるように首を傾げている。表情は未だに変化が見られないが、ディールを見つめる瞳は吸いついたように離れなかった。


 ディールはその様子をまっすぐに見つめて、嬉しそうに微笑む。戦車の変化をディールは確かに感じ取っていた。


「いい表情になってきたなぁ……」


 何一つ変わらない、置き物のような戦車の表情を見つめて、ディールは嬉しそうに呟く。その声が届いたのか、ここまでのディールの様子から思っていたことなのか、戦車はゆっくりと口を開いた。


「何故、抵抗する? 貴様に勝ち目はない」

「ああぁ? お前はどこを見て言ってるんだぁ? お前の顔を俺が殴り飛ばしたばかりだろうがぁ? お前の方こそ、その戦い方でサンドバッグになるつもりなのかぁ?」


 ディールが挑発するようにニタニタとした笑みを浮かべ、戦車に疑問を投げる前で、戦車は不思議そうに首を傾げる。


「貴様こそ、そのボロボロになった身体を引き摺って、あとどれくらいの時間、動ける?」

「はぁ? 何を言ってるんだ、お前はぁ?」


 ディールは自身のズタボロな身体を眺めて、戦車の疑問に首を傾げ返した。確かにディールの身体から感覚は消え、既に動かせているのかも分からない部分はいくつかある。かなりの重さでなければ、殴ったことも分からない状況だ。


 だが、その状況でもディールの身体は動けている。動き出し、拳を振るうくらいのことができるなら、ディールは目の前の戦車ですら、脅威には感じていなかった。


 それに何より、ディールは次第にボルテージが高まるに連れて、言いようのない浮遊感に包まれていた。恐らく、身体が限界を迎えようとして、死に近づいていることで身体中の感覚が少しずつ消えていっている状態なのだが、その感覚によってディールはどのような動きでもできる全能感に包まれ始めていた。


「もう無駄な話し合いはいいだろう? さっさと殴り合おうぜぇ?」


 ディールが戦車を誘うように手招きし、拳を強く握り締める。戦車の表情は変わらないが、雰囲気は変わった。ここからがようやく本番だと意気込むディールの前で、戦車はディールの望まない言葉を口にする。


「いいや、力の全てを否定したわけでもなく、自分の土俵に上がってくれると思うな」

「ああぁ? どういう意味だぁ?」


 ディールが不愉快そうに眉を顰めると、その前で戦車が片手を上げた。その上に戦車すら飲み込むほどの大きな火の玉が生まれ、戦車はディールをまっすぐに見つめてくる。


「今の貴様には、これを打ち破れない」

「はあぁ? まだ、それをするつもりかぁ? 芸がねぇなぁ」


 ディールは不満さを表情に爆発させながら、戦車の掲げる巨大な鬼火を眺めていた。その大きさから想定される規模は部屋の大半を埋めつくすものだ。もしも、今のディールがその炎を受けたら、ズタボロの身体は完全に機能を停止するだろう。生きていたとしても動けないはずだ。


 だが、ディールはその鬼火を前にしても、一切の恐怖を感じなかった。ここまで戦車を相手してきた経験から、ディールの本能が正確に判断した上で、目の前の鬼火は一切の脅威ではないと感じ取っていたからだ。


「そいつはもう食らわねぇよぉ」


 そう答えたディールが拳を構えて、戦車をまっすぐに見つめる。そのまま鬼火を急かすように手招きし、戦車はようやく表情に僅かな変化を見せた。軽く動いた目元が見え、ディールが笑みを浮かべた直後、戦車は掲げた片手を大きく振るう。


 ゆっくりと投げられた鬼火が落下を始めて、ディールの方に迫ってくる。その様子と近づくじりじりとした熱気を感じ取りながら、ディールは握った拳を一気に振り上げて、力任せに無機質な床を殴りつけた。


 瞬間、生じた衝撃が鬼火に触れて、鬼火の軌道が変化する。投げられたディールに向かう軌道から、投げたはずの戦車に向かう軌道へと変わっていく。


 そのことに戦車が不可解そうに顔を顰めた直後、ディールは一気に駆け出して、鬼火の背後に跳んでいた。そこで片足を上げて、眼下を移動する鬼火を見下ろす。


「さあ、今度はお前が焼かれる番だぁ!」


 そう叫んだディールが足を振り下ろし、そこにある鬼火に触れた瞬間、鬼火は一気に加速し、その下にいた戦車を押し潰すように落下した。

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