断じて行えば鬼神も之を避く(10)
綺麗に整列した鬼火の群れの中に身を投じながら、ディールの頭の中では見知らぬ子供が無邪気な質問を投げかけていた。
「お兄さん、お兄さん」
子供の声が聞こえ、ディールの頭の中を反響する。その声を無視するようにディールは反応することなく、子供の方を一度も向かない。
「お兄さんに聞きたいのだけれど」
子供の声が関係ないと言わんばかりに続いて、ディールの視線など求めることもなく、言いたいと思ったらしい疑問を口にした。
「炎が広がる中に飛び込むなら、どうしたらいい?」
子供の無邪気な質問にディールが答えるだけの時間はなかった。子供の方を一度も向くことがないまま、ディールの身体は整列する鬼火の中に放り込まれていく。
そこで声が何度も反射するように頭の中で響き渡った。
「炎が広がる中に飛び込むなら、どうしたらいい?」
その声を頭の片隅に置きながら、ディールはくだらないと言わんばかりに吸い込んだ息を大きく吐き出す。酸素の大半を無駄にした勿体ないくらいの呼気だが、今はそこに関心を保つだけの興味が生まれなかった。
それ以上に囚われたものが、ディールの頭の中で鳴り響く子供の声だった。誰なのかとか考えることもなく、頭の中で鳴り響く状況にそぐう質問を思い浮かべ、ディールはそこに納得できるだけの答えを用意する。
炎の中に飛び込むならどうするか、などという質問は質問を考えている時点で愚かだ。そこに対する解答は全人類が平等に思い浮かび、実行するべきものがあるはずだ。
そう考えたディールは整列した鬼火の中心に飛び込みながら、構えた両腕をこれでもかと大きく振るい、ディールは鬼火の中心でズタボロの身体を大きく回転させた。
炎の中に飛び込むなら、邪魔な炎を消してからにすればいい。それが質問を投げかけた子供に対するディールからの回答であり、目の前に浮かんだ鬼火に対する解答だった。
踏み込む動きから身体を回転させる動きまで、ほとんど切れ目なく、戦車が何かしらの手立てを講じる前にディールは成立させ、鬼火の軌道や存在を揺るがすように空間を揺さ振っていた。
速く動けば身体の周りに風が生まれるように、勢い良く動かした両腕は空気を撹拌する。そこに浮かぶ鬼火にも影響を与えることは自明の理ではあったが、それが現実的に可能であるほどの動きを見せる相手は恐らく、この世界にディールくらいだろうと想像がついた。
鬼火同士ぶつかって、猛烈に火花を散らす様子を綺麗と眺めながら、ディールはようやく届きそうな位置に立つ戦車の懐まで踏み込もうとした。
そこでディールの意識が食われるように動いて、気づいた時にはさっきまで自身に質問を投げかけていた子供が目の前に立っていた。ようやく目を合わし、ディールはそこに立つ子供と真正面から見つめ合う。
誰だという疑問は自然と湧かなかった。誰かということは理解した上で、その対面が成立しているようだった。
「まっすぐ行って大丈夫?」
子供は表情一つ変えることなく、まるでディールを心配するような質問を口にして、ディールはふんと鼻を鳴らす。大丈夫であるかどうか思考は必要ではない。鬼火という小細工がある以上、戦車に詰め寄ることは難しいが、今はそれを剥がせた状態だ。
ここで近づかなければ、いつ近づくのだと考えるディールの前で、子供がもう一度、口を開く。
「まっすぐ行くことに意味はある?」
その問いに当然のように答えようとして、口を開きかけたディールが止まる。意味があるという言葉は喉に閊え、言いかけたディールは思わず首を傾げる。
何かが違う。そう思ってから、ディールはいつの間にか、握り締めていた拳を目にする。そこに生まれる感触を想像し、ディールは違うと思うままにかぶりを振った。
まっすぐにぶつかりたいわけではない。そう思ったディールの身体がブレーキをかけて、迫るディールに反応し、身構えた戦車の間合いの外で踏み止まる。
直後、戦車の拳が一気に放たれ、踏み込みかけたディールの眼前を通過する。その様子を虚ろな目で眺めながら、ディールは目の前に思い浮かぶ子供の質問に答える。
まっすぐ行くことに意味はない。本当に意味があるのは、相手と殴り合える状況を作ることだ。そのことに気づいたディールが一気に身体を回転させ、戦車の振り切った腕に沿うように懐まで踏み込んだ。
瞬間、ディールの振り抜いた拳が戦車の顔を殴り飛ばし、ディールの頭の中で子供が嬉しそうに微笑んだ。その表情は振り抜いた拳に伝わる感触に喜び、楽しそうに笑う今のディールの表情とそっくりだった。
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