断じて行えば鬼神も之を避く(7)

 骨の髄まで焼くほどの熱量に包まれ、ディールの意識は一瞬、線が途切れたように吹き飛んだ。それも止まることなく襲ってくる熱によってすぐに引き戻され、ディールはじわじわと肌の焼ける感触を味わっていく。


 二度と意識が吹き飛ばないように、ディールは引き戻した意識を繋ぎ止めるための手段として、熱波の中で大きく目を見開いた。眼球の表面が焼ける可能性も厭わずに、ディールは熱波の中をまっすぐに見据えたまま、生まれた衝撃に逆らうことなく、大きく上体を逸らす。


 そのまま吹き飛びかけた身体を据え置くように踏ん張って、ディールは肺の奥深くまで空気で満たすように、大きく息を吸い込んだ。

 口の中から気道、肺に至るまでが燃えるような空気で満たされ、一瞬で表面が焼ける痛みと苦しみに包まれながら、ディールは藻掻くように熱波の中で両腕を伸ばす。


 そこで熱波の向こうにいる戦車の身体に触れて、ディールは赤子が物を掴むような反射でその身体を握っていた。掠れながらも消えることのない意識を抱え、ディールはその身体が手の内から二度と離れないように力を強める。

 戦車の肉に指が食い込む。そのことに戦車が反応し、僅かに視線を下げたタイミングで、ディールの身体が熱波を突き破るように動き出した。


 瞬間、ディールの頭が戦車の頭に正面からぶつかった。一切の遠慮なく、激しく火花が散りそうな勢いでぶつかって、二人の頭は互いの頭が生み出した衝撃に押しやられるように跳ねた。


 弾かれるように二人の身体は背後に倒れ込み、ディールと戦車は共に無機質な床に身体を打ちつけていく。全身に衝撃が染み渡り、生まれた痛みが身体の内側に潜り込もうとするが、先に居座っていた内臓を焼く痛みが邪魔をして、すぐにその痛みは消えていた。


 代わりにディールの身体にまとわりついたのは、猛烈な苦しさだった。どれだけ息を吸っても、空気が足りないと肺が叫び、ディールは床に倒れ込んだまま、大きく口を開いていた。


 開かれた口を通って、空気が肺の方に流れていく。焼け爛れた粘膜を撫でながら、酸素は器のない肺の奥へと溜まっていく。取り込んだ空気の量に対して、そこから拾えた酸素は少なく、ディールは溺れるように唇を動かした。


 それでも、ディールの意識は途絶えることなく、ディールの身体に残り続けていた。掠れる様子もなく、命が途絶える恐怖もない。

 漠然とした苦しみと、その奥底でねっとりとこびりついたように残る苛立ちだけが、ディールの身体の芯の部分を強く巣くっていた。


 ディールは藻掻きながら目を凝らし、ゆっくりと身体を起こす。棺桶に身体の半分を沈めているような状態だが、それでも、ディールの身体は無理矢理に引き摺れば動ける状態だった。


 酸素の少なさは集中力が欠くほどの苦しみを生んでいたが、少ない酸素自体には慣れている側面があった。殴り続ける時、蹴り続ける時、身体を動かし続ける時、ディールは水中を踊るような酸素の少ない世界に浸っていた。


 その時のことを思えば、今はまだ酸素がある方だとディールは思っていた。痛みが感覚を奪い、まとっていた服が燃えて、剥き出しになったディールの身体がどこにあるのか、ディール本人にすら分からない状況だが、自然と身体の動かし方は分かった。


 立ち上がったディールを前にして、同じように転がっていた戦車が身を起こした。ディールの様子を真正面から見つめて、そのボロボロさに限界を悟ったのか、僅かに首を傾げている。


「まだ、やるつもりか?」


 その返答にディールは溜め息のように肺の中に溜まっていた空気を押し出し、口から長く、深く、煙を吐き出した。


「まだ、始まってないだろうがぁ……!?」


 ディールは既にズタボロになっていた拳を握り締めて、まっすぐに戦車を見つめた。その姿に戦車は溜め息を吐いてから、開いた片手の上に再び鬼火を生み出している。


「いつまで、それで何とかしようとしてるんだぁ!?」


 その姿にディールは苛立ちを覚えながら、飛びかかるように踏み込んでいた。一気に迫ってくるディールを前にして、戦車は手の上に乗せた鬼火を置くように放っていく。


 そこにディールは真正面から突っ込んだ。爆発がディールの全身を覆い、既に焼け爛れた身体に、更に熱を与えていく。耐え難い激痛がディールの身体を覆い、ディールは思わず歯を食い縛りながら、一気に片手を振るった。


 その動きに対して、戦車は畳みかけるように鬼火を置いてきた。絶え間なく続く爆発の中を突き進み、ディールの意識を繋ぎ止めている僅かな細い糸は今にも切れそうなほどに揺れている。


 だが、その糸が切れるよりも早く、ディールの苛立ちは下肢に力を与え、鬼火を置き続ける戦車の前まで進ませていた。そこで拳を握ったディールは戦車の顔を真正面から睨みつけながら、力任せに上半身を振る。

 その動きを目視した戦車が何も乗せていない手を上げて、迫ってくるディールの拳を受け止めようとした。


 瞬間、ディールの拳が戦車の掲げた手にぶつかり、そのまま押し込む形で戦車の顔面に叩きつけていた。

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