断じて行えば鬼神も之を避く(6)
始まりは野球ボールくらいの大きさだった。片手を振るえば薙ぎ払い、手の内に収めれば握り潰せる程度の大きさだった。その程度ならディールのまとう分厚い仙気の壁は貫かれない。
意味がない。時間の無駄だ。そのことを教え込ませるために、ディールは真正面から、戦車の撃ち出す鬼火を叩き潰した――つもりだった。
しかし、戦車を諦めさせるには弱かったのか、それとも、その程度のことも理解できなくなるほどに脳まで筋肉が埋めつくしていたのかは分からない。
どちらにしても、戦車はやめるつもりがなかったようだ。ディールの拳を掴んだかと思えば、その手の内側に鬼火を作り出した。
それも、それまでに見せた野球ボールサイズを上回る大きさで、ディールの手の中で一気に膨らみ、耐えかねたように破裂した。拳を中心に熱波が周囲に広がって、ディールの表皮を一気に焙ってくる。
熱はディールのまとう仙気にまとわりついて、じっくりと突き破るように伝わってきた。焦げ臭さが鼻腔を突くが、その臭いを感じる間もなく、ディールの鼻の内側に熱が突き抜けた。
吸ったら、気道が焼ける。知識以上に本能が警告し、呼吸を停止させる。
破裂の衝撃がディールの身体を僅かに背後へと連れて行った。戦車の腕の中から離れ、ディールは無機質な床に身体を打ちつける。打ちつける衝撃が身体に染み渡るが、そこに痛みはなかった。
それ以上にディールの神経は掴まれた拳に集まって、囚われていた。思わず片手が伸びて、押し殺すように手首を掴む。
熱い。ただひたすらに熱く、それ以外の感情が湧かないほどだった。今も炎の中に手を突っ込んでいるような熱の中で、僅かに吹く風が貫くような痛みだけを残していく。
「何だ、意味はあるのか」
不意に声が聞こえ、ディールは顔を上げていた。少し離れたところに立つ戦車が変わらない表情をこちらに向け、ひたすらに見下している。
「ああぁ……!?」
喉の奥から押し出すように声を漏らし、ディールは鋭く戦車を睨みつける。強がりなどではなく、ただ単純に悔しさと苛立ちがディールにそれだけの態度を取らせていた。
くだらない。つまらない。話にならない。日頃からディールが心の底から嫌悪している小細工と呼ばれる類、それこそが鬼火だった。
殴り合いを至高とするディールにとって、それは戦いという場を陳腐にするものでしかなく、鍛えられた肉体の前では一切、意味を成さないと教え込もうと思っていた。
それが実際はディールの拳を焼き、ディールに膝を突かせるほどの威力を生み出したことに、ディールは腹の底から煮えくり返るほどの苛立ちや悔しさに襲われ、我を失いそうなほどだった。
絶対に叩き潰すという強い意思を持って、ディールが視線を向ける先で、戦車は再び鬼火を生み出している。掌に乗る火の玉は大きさが変わり、その前までの野球ボールから、今はバランスボールほどの大きさを誇っていた。
「大きさか、温度か。そのどちらにしても、意味がないということはなかったようだ」
手の上に乗る鬼火の熱さに反して、淡々と冷めた声を漏らす戦車を睨みつけ、ディールはゆっくりと身を起こす。片手は今も熱を保ったまま、針で覆われたように鋭い痛みに襲われているが、それを気にしているだけの状況ではなかった。
痛みを噛み殺し、苛立ちを無理矢理に押さえ込み、ディールは正面に立つ戦車を睨みつける。その前で戦車は生み出した鬼火を構え、今にもディールに投げつけそうな姿勢を取っていた。
開始の合図はない。ただどちらかが動きを見せれば、そこに反応するようにお互いの攻撃が叩き込まれるだけだ。一瞬の気の緩みも許されない状況の中に、ディールは片手を炎に突っ込んだ状態で置くことになった。
必然的に我慢は難しい。耐え難い熱さと痛みに襲われ、ディールの中の苛立ちや悔しさは自然と焦りに変換されていく。集中力は気づかない内に途切れ、そのことを自覚すればするほどに、ディールの身体には力が入っていた。
瞬間、ディールが僅かに足を動かし、そこに戦車が反応する。抱えた鬼火を投げつけて、ディールはそこから逃げるように跳躍した。
その動きにすら合わせて、戦車は再び生み出した鬼火を構え、一気にディールへと放り投げてきた。逃げた先でのことだ。そこから踏み出すには時間がかかり、それだけの時間があれば、鬼火は完全に避け切れない位置まで迫ってくる。
そこで負うダメージは僅かかもしれないが、今は片手が潰れている状態だ。僅かでも生み出されたダメージは片手に蓄積し、ディールの神経を更に削いでいく。
その先に存在する末路まで思い浮かべ、ディールは逃げようとすることなく、その場で構えていた。
やがて、鬼火が到達するという直前、ディールは一気に足を振り上げて、迫る鬼火に叩きつけた。素早く振り上げられた足が刃物のように鋭く鬼火を切り裂いていく。
防いだ。ディールがそう思った時には、戦車の姿が少し離れた場所から消え、いつの間にか、ディールの懐まで潜り込んでいた。
「ああぁ!?」
そのことに気づいたディールが慌てて下がろうとしたところで、戦車の両手が伸びて、ディールの胴体に触れた。
「焼けろ」
瞬間、ディールの胴体に触れた戦車の両手が熱を帯びて、一気に膨らむように破裂した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます