断じて行えば鬼神も之を避く(5)
殴り合いこそ至高である。この世界に存在するあらゆる事柄の中で、最高峰に位置している。人はこの世界に生まれてきた以上、誰かと殴り合わなければいけない。寧ろ、人は誰かと殴り合うために、この世界に生を受けているのだ。
殴り合い、万歳。殴り合い、最高。全員で殴り合おう。お互いに拳を握って、相手の顔面に向かって、いっせえので叩き込もう。
物心ついた頃からの教育方針がそういうものであったかは定かではないが、いつの間にか、形成された基本理念はそれに準じたものであり、今のディールは一切の疑心なく、それが事実であると信じ込んでいる節があった。
戦いにおいて、大切なことは相手に勝つかどうかである、という考えの人も多く、決まってそういう人物は武器を用いるが、それは全て邪道であると思っている節が強くあった。
相手に勝つこと自体もそうだが、どのように勝つかという経緯も大切なはずだ。勝ち方次第で喜びは変わる。その過程を如何に掬えるかという点まで考えてこその一人前だろうとディールは思っていた。
だからこそ、相手を直接的に叩きのめすことに固執し、完膚なきまでに相手を叩き潰せる力を求めて、実際にそれに近しい力を得ていた。
相手を殴る。殴った感触を確かめながら、殴り飛ばした相手が負ける様子を観察する。そして、勝ち誇る。
それら全てが成立して、ようやく戦闘の快感は頂点に達する。ディールはそれがあるからこそ、殴り合える相手を求めて、それがようやく見つかったと思っていた。
そのはずが向き合った戦車が手の中に火の玉を生み出した様子を見て、ディールは心の底から落胆し、昂っていた感情に冷水をぶちまけたようにテンションを下げていた。
「何だぁ? お前もそっちかぁ?」
冷気のように冷ややかな声を漏らし、ディールは踏み込んだ勢いを拳に乗せて、一気に体重をかけていく。その前で戦車は片手を振るい、そこに乗せた火の玉をディールの前に突き出した。
瞬間、ディールの拳が火の玉に触れ、火の玉が炸裂する。ディールは全身を撫でるような熱さを感じながら、思わず眉を顰めていたが、それは熱さに対するものではなく、この程度の攻撃を差し向けてきた戦車に向かっての感情だった。
「ふざけるなよ、お前はぁ!?」
まとわりついた熱気を振り払うように両手を動かし、ディールは爆発の向こう側に消えた戦車を追いかけるように踏み込んでいく。爆発由来の煙を晴らせば、戦車はあまり離れることなく、その向こうに姿を残していた。
そこで多数の火の玉を抱えて、踏み込んでくるディールに何も変わらない表情を向けている。
「だから、何だ、その攻撃はぁ!?」
「鬼火だ」
そう告げてから、戦車は抱えていた火の玉を一斉に解き放った。踏み込むディールの身体の周りに飛びついて、そこで触れた傍から一気に破裂していく。破裂した火の玉が他の火の玉に触れ、それが新たな破裂を生み、気づいた時には数珠つなぎにディールの身体を爆発が覆っていた。
熱気と衝撃に身体を打ちつけられながら、ディールは湧いてきた不満を発散させるように、拳を足元に勢い良く叩きつける。ディールは仙気まで込めて、全力で拳を叩きつけたつもりだったが、足場はディールの一撃を受けても、少し凹むくらいで、壊れる様子も、割れる様子もなかった。
これほどまでに丈夫な部屋の中にいて、殴り合う以外の方法で戦おうとしてくるなど、愚かにも程がある。ここで殴り合わなければ、一体、どこで殴り合うのだと思いながら、ディールは戦車を睨みつけた。
戦車は再び火の玉を生み出し、それをディールに差し向けようとしている。その様子にディールの抱えた不満は限界を迎え、戦車との距離を物理的に潰すように、一気に戦車の懐まで踏み込みながら、片手を振るっていた。
そこに戦車が火の玉を投げつけてくるが、ディールの振るった手は握られているわけではなかった。殴ろうとしたわけではなく、この場でディールが最も必要と思う行為のために、ディールは手を伸ばして、そこにある火の玉を掴んでいた。
瞬間、火の玉がディールの手の中で爆ぜる。
が、その程度のことは何でもないと言わんばかりに、ディールはもう片方の腕を振るって、起きた爆発の向こう側に飛び出していた。
そこに拳を一気に叩き込む、という瞬間になって、ディールの振るいかけた拳を正面から掴む手があった。もちろん、戦車が伸ばした手だ。さっきまで火の玉を生んでいた手を伸ばし、ディールの接近を拒むように掴んでいた。
「おいおい、ようやく分かったかぁ? 小細工は意味がねぇって?」
ディールが若干、喜びを滲ませながら聞くと、戦車は特に大きな動きを見せることなく、ただ口だけを動かしていた。
「いいや、まだ確認が必要だ」
そう戦車が答えた瞬間、ディールの拳を掴む戦車の手の隙間に大きな熱源が現れて、拳が焼けるほどの温度をディールに与えてきた。
「何だ、こい……?」
ディールがそう言いかけた直後、手の中では耐え切れないというように、ディールと戦車の隙間で膨らんだ熱源が一気に破裂した。
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