断じて行えば鬼神も之を避く(2)

 新造妖怪の襲撃を受ける中、出現したザ・ホークを前にして、頼堂らいどう幸善ゆきよしとノワールの意識は全て、そちらに向けられることになった。


 唐突に幸善の背後に現れ、さも当然のように幸善を迎えに来たと言い出したザ・ホークを前にして、幸善は若干の警戒心を見せながら、驚きに満ち満ちた表情を浮かべることになる。


「どういう意味だ?」


 湧いてきた疑問を思考のフィルターに通すことなく、ただ声として生まれたまま発すると、ザ・ホークが不思議そうに首を僅かに傾げていた。


「どういう意味? そのままの意味だ。耳持ち、お前を連れていく」


 ザ・ホークが幸善に歩み寄ろうとした瞬間、その様子に気づいていたのか、少し離れたところから荒々しい声が聞こえてきた。


「頼堂!?」


 その声に反応して、幸善とノワールだけでなく、ザ・ホークも視線を向けた先には、慌てた様子の牛梁うしばりあかねが立っていた。冲方うぶかたれんと共に幸善を守ろうと、こちらに向かってくる意思を見せているが、その動きを阻むように空中にいる蛇が一斉に攻撃を始めている。


 そこで気づいたが、遠くの方に吹き飛んだ相亀あいがめ弦次げんじ水月みなづき悠花ゆうかの近くには、また別の大きな新造妖怪が出現しているようだった。遠く離れた場所からでは、そこに出現した新造妖怪の種類までは分からないが、こちらとはまた違う種類の蛇のように見える。


「邪魔はいない。ついてこい」


 こちらに来るだけの余裕が冲方達にも相亀達にもないと悟り、ザ・ホークが幸善の方を見ながら、そう言った。ゆっくりと一歩踏み出し、金属が地面に触れる激しい足音を響かせる。

 見れば、幸善と以前、逢った際にザ・ホークが失ったはずの足には、金属製の義足が嵌められている。


「どこに連れていくつもりだ?」


 幸善はザ・ホークの歩みを警戒するように、やや身体を後ろに下げていた。ここでの急な接近は幸善よりも肩の上にいるノワールの方が大きく危険になる。反応できる限りは距離を離して、向こうの考えを読み取りたいと幸善は考える。


「決まっている。No.0のところだ」

「No.0……?」


 ザ・ホークの呟いた一言を聞いて、幸善は思わず眉を顰めていた。ザ・ホークが何を口にしたのか、冷静にゆっくりと咀嚼するように意味を読み取ってから、知り得た情報を頭の中に染み込ませて、幸善はゆっくりとした驚きに包み込まれる。


「待、て……? 待て、待て……それはどこのことを言ってるんだ? 俺をどこまで連れていくつもりなんだ?」

「何を言っている? そこまで離れているわけではない。ここに来たからには知っているのだろう? そこに居を構えている事実を」


 人型の拠点を示し、ザ・ホークがそう言ったことで、幸善は驚きと恐怖と高揚に包まれ、自分でも自分の感情が掴めないほどに大きく気持ちが揺れ動いていた。脳は沸騰しそうなほどに熱を帯びて、幸善の全身は若干、震え始めている。

 ノワールも幸善と同じ衝撃を受けているのだろう。肩の上で同様に震えながら、慌てた様子で幸善の横顔を見てきた。


「おい、どういうことだ……!? こいつはつまり……!?」


 慌てたように肩の上で話しかけてくるノワールの声に頷きながら、幸善はゆっくりと本部で熊のテディから聞いた話を思い返していた。そこから知り得た情報やその後に逢った三頭仙さんとうせんの一人、フォース・アライとの約束を思い出し、幸善はゆっくりと実感を確かめるように拳を握り締める。


 それから、昂る気持ちを抑え込むために、ゆっくりと深く、鼻で空気を吸い込んでから、幸善はできるだけ落ちついた口調で、最後の確認を取る。


「それはつまり、No.0がそこにいるのか?」


 その問いかけにザ・ホークは表情も声色も、そこにいる態度の全てを変えることなく、ただ当然の事実を口にするように言った。


「ああ、そうだ」


 その一言に幸善は大きく肺の中に溜まっていた空気を吐き出した。いつかは探し出し、直接逢って話をしないといけないと思っていた相手だ。その相手が探すまでもなく、すぐ近くにいる。


 それなら、交わした約束のこともある。幸善は逃げるわけにはいかない。


「そうか……なら、逢わないとはいけないか……」


 そう呟きながら、幸善がザ・ホークを見ると、ザ・ホークは納得したように頷いてから、幸善の方に手を伸ばしてきた。


「なら、ついてこい。連れていこう」


 そう言ったザ・ホークの前に歩み出そうとした直前、ザ・ホークが不意に思い出したように口を開いた。


「その前に一つ」


 その一言に幸善の足は止まり、不思議そうにザ・ホークを見つめる。


「何だ?」


 そう聞いた瞬間のことだった。ザ・ホークの姿が目の前から消え、どこに行ったのかと思った時には、背後に立つ気配があった。



 そこから放たれた冷たい声が冷風のように首筋を撫でた。

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