断じて行えば鬼神も之を避く(3)

 遠方から幸善が見定めた大きな蛇は、正確には大きなミミズだった。相亀と水月の前に出現し、ザ・ホークの姿を見つけた二人の行く手を阻むように、地面からそそり立っていた。


 幸善の近くにザ・ホークが出現し、冲方や牛梁の前には数の減らない蛇が浮かんでいる。事態は急を要するという中での新たな敵の出現に、相亀と水月は表情を強張らせながら、巨大なミミズを見上げていた。それぞれ拳と刀を自然と構えている。


「退けって言って、退いてくれるわけがないよな?」


 相亀が確認するように口にして、ミミズの反応を待ってみるが、ミミズには名前以外の場所に耳があるのか判断つかない。無視をしているのか、それが返答なのか、そもそも聞こえていないのか、どれにしても、その場を離れる様子はなさそうだと、相亀が水月に視線を送る。


 ミミズがそこから退かないと言うなら、二人はただそれを退かすまでだ。そのために取れる手段は何でも取ろうと考え、二人は地面に目を向けてみる。

 根こそぎ引っ張って、放り投げようとも思ったが、ミミズの飛び出した穴はピタリと身体に沿っていて、ミミズの限界がすぐそこにあるのか、地中深くまで続いているのか、見ているだけでは判断できなかった。


 それならと今度は本体の方に目を向けるが、ミミズの見た目は正しくミミズだ。それ以外に変わったところはサイズくらいしかなく、その表面や内部にどれだけの秘密を抱えているのか、ただ眺めているだけの相亀や水月には判断できない。


「取り敢えず、ぶん殴って反応を見てみるか?」


 相亀が水月に質問し、水月は戸惑いの表情を浮かべていた。どちらにしても、強硬手段に出る可能性は高く、その時には水月も刀を振るっているとは思うのだが、いきなりそこまで踏み込む必要があるのかと考え、水月はミミズを見上げてみる。

 話が通じる雰囲気は全くない。


「それしかないかも……?」


 やや疑問が交じりながらも、水月が取り敢えず了承の気持ちを表に出したことで、相亀は握った拳を振るう時が来たと言わんばかりに勢い良く飛び出していた。

 巨大なミミズの表面に迫っていきながら、握った拳を大きく構え、正面から迫る勢いのまま、相亀は一気に拳を振り抜いていく。


 だが、件のミミズは吹き飛ぶどころか、倒れる様子もなく、相亀の拳が生んだ衝撃を身体一つで受け止めて、僅かに身体を傾かせるだけに留まっていた。

 その様子に驚愕しながら、相亀は振り切った拳を見つめて、不意に我慢できなかったようにその拳を振り始めた。


「痛っ!?」

「ど、どうしたの!?」

「あのミミズ、意味が分からないくらいに表面が硬い。今のも仙気で保護することなく、知らずに殴っていたら、多分、手の骨全部持っていかれていたと思う」

「そんなに……!?」


 今も痛がりながら、ミミズの様子を見つめる相亀の姿が、そのまま信憑性の高さに繋がったのだろう。水月は疑いを高めることもなく、握った刀を相亀の前に出して、巨大なミミズの表面に目を向けていた。


「なら、刀は通ると思う?」

「普通の刀なら間違いなく折れると思う」


 相亀の評価を聞きながら、水月は相亀の言いたいことを理解し、握っていた刀を正面で構えていた。


 相亀は強調するように普通の刀と言っていたが、水月の持っている刀は普通の刀ではない。特注で作られたもので、その精巧さは語るまでもない。


 つまり、この刀なら戦える可能性があるということだ。それが分かったからこそ、水月は刀を構えて、相亀の代わりに踏み込むように近づいていた。ミミズを追い払おうと、その胴体を一気に斬りつけようとする。


 瞬間、水月の握る二本の刀がミミズの肌に触れ、そのまま大きく拒絶されるように弾かれていた。水月は大きく体勢を崩しながら、巨大なミミズから離れるように移動していく。


 刀に込めた仙気はお試しということから、通常時よりも節約していたとはいえ、それでも、ちょっとした傷くらいはつけられるつもりでいた。

 それが全く意味を成していないことに水月は驚きながら、そこにそそり立つミミズの厄介さを理解する。拳で戦う相亀と刀で戦う水月では、かなり相性の悪い相手ということらしい。


「おいおい……? ここで全力を使わされるとか、洒落にもならないが……?」

「それは本当に同感」


 それぞれ拳と刀を改めて構えながら、相亀と水月はミミズの奥に見える幸善達の様子を確認する。そちらにまだ大きな動きが見られないとはいえ、何が起きるかは分からない。少しでも早く合流したいが、このままだとその頃には消耗し切っている可能性もある。


「頼むから、一発で退いてくれ」


 拳を握り締めた相亀がそう懇願しながら、一気に飛び出していく。その後ろ姿を見送ってから、水月もミミズに攻撃を加えるために、刀を握る手に力を込めていた。

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