断じて行えば鬼神も之を避く(1)

 数十年前まで、この辺り一帯は観光地として有名だった。観光客を呼び込むために町全体が協力したことで、この辺りに滞在する人間の半数が観光客という程に、この辺り一帯は大きな賑わいを見せていた。


 特に観光の目玉だったのが、町の郊外に聳え立つ大きな城だ。数百年前に建造された城は当時の趣をそのままに残し、当時の戦の痕跡なども見られることから、城好きや歴史好きなどを多く呼び込み、この辺り一帯の活気の重要な部分を担っていた。


 しかし、それも長くは続かなかった。今では町の建物のほとんどが倒壊し、真面に形を保っている建物は全体の三割もないほどだった。住人はかなり前に移住し、誰一人として住んでいないらしい。


 どうして、それほどまでに寂れてしまったのかと言えば、その理由は観光の目玉でもあった、郊外に聳え立つ大きな城にあった。


 この辺り一帯が観光地として栄え始めて、しばらく経った頃のことだった。ある時、観光客の一人が城の散策中、行方不明になる事件が発生した。


 確かに城は大きく、構造を知らないと迷ってしまうほどではあったが、観光地として利用している場所だ。良く構造を把握した現地のスタッフももちろん中にはいるので、単純に迷って帰れなくなるはずがない。


 郊外に立っていることもあって、城の周辺は森が広がっているので、そちらに迷い込んでしまったのかもしれないと考えられ、捜索隊が派遣されたのだが、結果的に行方不明となった人物は発見されることがなかった。


 そして、これが始まりだった。


 それから一年間、同様の事件が複数件発生した。同じように捜索隊が結成され、城の周辺や城の内部に至るまで捜索が続けられたが、そのどれもが行方不明者の発見には至らなかった。


 城を中心とした観光客の失踪。誘拐等の可能性も含めて捜査は進められたが、その後に進展は見られず、気づいた時には、この地は神隠しに遭う呪われた地である、という噂が出始めて、次第に観光客が減っていった。


 そこに拍車をかけるように、同様の行方不明事件が地元住人の間でも発生するようになっていた。もちろんのこと、地元住人は城の構造や周辺地域の地理を正確に把握している。ちょっとやそっとのことで迷うはずがない。


 これは本格的に事件が起きているのかもしれない。多くの人がそう考え、地元住人は拡大する被害に一つの決断を迫られた。

 結果、多くの住人がその地域を離れることを決めて、町全体が放棄されることになる。


 それから、数十年の時が経ち、その地を訪れる人物達がいた。目的は数十年前に多数の行方不明事件が発生した、観光の目玉でもあった城だ。


 その城で起きたことも、現在の城の様子も把握した上で、その地を訪れた彼らの正体は、だった。


 重戸えと茉莉まりから聞き出した情報によって判明した人型ヒトガタの本拠地。それこそが件の城だった。


 人型は総数が限られている。日本の方に対応しているなら、こちらは手薄であり、その逆も然りだ。両方に押し込めば、どちらかは確実に取れると考え、奇隠は海外に滞在する仙人の内、人型の対処を任せられそうな仙人を招集して、本拠地の制圧を行おうと考えていた。


 日本拠点での作戦が開始したという連絡を受けて、本拠地周辺に配置された仙人は一気に中へと乗り込んでいく。


 そこで待ち構える人型や新造妖怪を如何に相手しようかと、突入した多くの仙人が考えていたのだが、結果はその多くが首を傾げる事態となっていた。


 少し前に存在が確認されたように、城の内部には蟻の巣のように伸びた複雑な地下も含めて、多数の新造妖怪が確認されたのだが、それは想定よりも遥かに少ない数だった。


 人型の姿に至っては一体も確認できず、そちらの対応も兼ねて選抜された面々の前では、相手にならない戦力しか残っていなかった。


 あまりにも拍子抜けだと思わずにいられない光景の中、城の地下深くに潜った部屋の最奥にて、その姿はあった。


 最初は何か分からないほどに大きく、何か分からないほどに丸かった。やがて、それが背中であることに気づいて、そこに十メートルの高さはある、巨大な人間が寝転がっているのだと理解する。


 隠すこともなく、そこから風のように流れる不快な空気を感じ取って、その背中を見ていた一人の仙人は笑みを浮かべ、その背中に語りかけるように口を開いた。


「予定では、もっと多くの相手がいるはずだったんだけれど、この有り様はどうしたんだい? 人型はここをどう考えているのかな?」


 その問いかけに、寝転がっていた巨人がゆっくりと寝返りを打って、その顔を地面に向けてきた。背中だけでは分からなかったが、それは女であるらしい。大きな瞳をぎょろりとこちらに向けて、じっと見つめてくる様子に変わらない笑みを向ける。


「ところで君は誰?」


 サイス・ハートはそう聞いた。

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