鯱は毒と一緒に風を食う(42)
ピンクと比較すれば、ジ・オルカの存在は脅威だった。不意を衝かれた電撃も、ピンクを蹴り飛ばした脚力も、状況が噛み合えば、ピンクに終わりを与えるものだ。
もしも一対一で向き合っていたら、ピンクは生存を諦めて、突きつけられる死に絶望していたことだろう。
今のように蹴りという手段が選ばれ、一時は助かったと思っても、蹴られた場所に残る痛みがすぐに現実に引き戻してくるはずだ。
助かったのは腕だからだ。他の場所を蹴られていたら、どうなっていただろうか。嫌な問題を解きたくもないのに、答えが絶対に分かる形で提示してくる。
その嫌な想像をピンクは消し去ることができない。
だが、今回は状況が違った。ピンクだけでなく、フェザーもジ・オルカの相手をしており、そのフェザーが確信を持った。
自分の力がジ・オルカに十分通用する、と。
その確信が生まれたお陰で、ピンクは芽生えかけた恐怖を拭い去ることができた。フェザーが一緒にいれば、ジ・オルカも脅威でなくなる。ピンクが不安に思う必要もない。
助かった。正真正銘の事実として、その一言を噛み締めて、ピンクは大きな溜め息をついた。状況は変化し、当初の想定通りにはいかなかったが、これでジ・オルカを倒すことができそうだ。
そういえば、路地で待っているはずの三人は今頃、どうしているのだろうか、とその時になって、ようやく思ったピンクが路地の方に目を向けようとした瞬間、離れた位置に立っていたフェザーが動き出した。
向かっていく先には当然、ジ・オルカが立っている。接近するフェザーを感情の読めない目で見つめている。
そのジ・オルカのフェザーは正面から走っていたが、どれだけ戦える相手だと思ったからと言って、流石に無策で突撃するほどに愚かではなかった。
ジ・オルカがフェザーに対応するために動き出すよりも速く、フェザーは手の中に仙気を集めて、ジ・オルカに投擲していた。
集められた仙気は塊となってジ・オルカに飛んでいき、ジ・オルカのいる地点で少し大きな爆発を起こす。
当然、それでダメージを与えられるものではない。
ただ爆発由来の土煙が舞って、そこから、ジ・オルカが少しでも動き出せば、その軌道が分かるようになっていた。
これでジ・オルカを取り逃がす可能性がなくなる。ジ・オルカがそこにいることを確認して、フェザーも土煙の中に飛び込もうとした。
その時、ジ・オルカを中心に土煙が内側から発光し、電撃が四方八方に伸びた。電撃の一本はフェザーに向かい、咄嗟に庇うように上げた腕にぶつかって、フェザーが苦悶している。
「何!?」
怒りを滲ませながら顔を上げるフェザーの前で、ジ・オルカは自分の身体から僅かに残った電気を放っていた。
その光景を遠くから眺めていたピンクがさっきの行動と合わせて、少しずつジ・オルカの特性に気づき始めていた。
「ミーナさん。もしかしたら、その電気は充電式かもしれません」
「充電式?どういう意味?コンセントでも挿してるの?」
「いや、そういう意味じゃなくて……多分、妖気を電気に変換するために時間が必要なんですよ。一定量の電気を生み出すためには一定の時間が必要。だから、急には電気を出せない」
もしくは咄嗟に出る電気の出力は小さい。そこまで読み切った上で、ジ・オルカの行動を鑑みると、納得できる行動も多かった。
特に電撃ではなく、蹴りでピンクを吹き飛ばしたのは、電気を放出したばかりで、蹴り以上の電気が咄嗟に作れなかったのだろう。
そう思えば、あの助かり方も必然だったのかと、ピンクは僅かに残る腕の痛みを感じながら考える。
「つまり、電気を出し切った今がチャンスということね」
「そうなりますね」
フェザーが僅かに笑みを浮かべ、電撃で痺れた腕を確認するように、拳を握ったり開いたりを繰り返した。
それから、妖術という武器を一時的に失ったジ・オルカを見やって、フェザーは一直線に走り出す。当然、今回も油断はしない。仙気を投げて、土煙を起こすことで、ジ・オルカの逃げ先を焙り出そうとした。
しかし、そこでジ・オルカが動いた。フェザーやピンクのいる歩道から、車道を挟んだ反対側の歩道に移動し、そこでピンクやフェザーを見てくる。
「距離を取られた……!?」
フェザーは苦々しい顔をしながら、吐き捨てるように呟いた。
実際、この瞬間的な移動は脅威だ。それを封じるための策でさえ、ジ・オルカの手札なら対応できてしまう。
実力的には十分フェザーで相手できる。
だが、それを許さないジ・オルカの素早さがある。
その状況を一瞬、厄介と思いかけてから、ピンクは冷静になって気づいた。
「向こうが時間を稼ぐなら、それはいいんじゃないですか?こちらの応援が来ますよね?」
「確かにね。その間に他の被害が出なければ、の話だけど」
「なら、それを防ぐために行動しましょう。僕も戦います」
そう言って、ピンクは車道に目を向けた。車が通っていないことを確認し、ジ・オルカの移動した反対側の歩道まで渡っていく。
「両方にいれば、両対応です」
「いいけど、一人でやれるの?」
そう言われ、ピンクは消えたはずの不安を途端に抱えることになった。
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