鯱は毒と一緒に風を食う(8)

 どうやら、C支部内での演習場の呼称はトレーニングルーム以外にあったようだ。幸善が行きたかった場所を必死になって説明したら、その名前をピンク達が口にしたのだが、残念なことに幸善の耳では聞き取れなかった。


 改めて、その何というか分からない演習場に案内してくれる運びになったのだが、その道中、幸善はさっきのトレーニングルームを思い出し、気になっていた。


「ていうか、トレーニングルームとかあるのか。日本にいる時は見たことも聞いたこともないな」


 その日本語の呟きに反応し、ドッグが幸善を見やる。その視線に気づいた幸善が拙い英語で、自分の思ったことをドッグに伝えてみた。


「あれは支部長の趣味だから」

「趣味?」

「絶対に必要な場所以外は支部長が決められるって聞いたことがある」

「えっと……絶対に必要な場所と支部長が決定できる的なことで……ああ、必要以上の設備は支部長が勝手に作るのか」


 それなら、さっき見た形式のトレーニングルームがある支部とない支部に分かれそうだと幸善は想像がついた。


 確かに仙人の活動を考えたら、身体を鍛えること自体は有意義だが、わざわざトレーニングマシーンを使ってまで鍛えないといけないかと言われたら、何とも言い切れないところだ。


 それだけの肉体的強さが必要な仙人なら、現場の仕事だけで身体が作られていく。そうではない仕事なら、そこまで鍛えて肉体を作り上げる必要がない。

 恐らく、Q支部にあの部屋がないことはそういう理由だろうと想像がついた。


「今から行く部屋、良く使う?」

「演習場は使います。仙技の特訓があるので」

「おお、やっぱり、そうなのか」


 やはり、三人との間に存在した共通点に幸善が僅かににやけると、それを見たフェンスが視線を幸善から逸らし、ピンクとドッグに顔を近づけた。


「笑ってるぞ……?まさか、俺達をそこで扱く気なのでは……?」

「いや、流石にそれはないでしょう……あの人も三級仙人のはずだよ……」

「だけど、人型と戦って倒してるって聞いたよ……僕達には絶対に無理だよね……?」

「それは……」


 ピンク達が揃って振り返り、幸善を見やった。幸善はにやけていることに気づき、それを誤魔化すように口元に手を当て、真剣な目元を作ろうとしている最中だ。

 自然と吊り上がった目が口元を隠したことで強調され、ピンク達三人に威圧感を与える。


「本当に……そうかも……」


 否定していたドッグまで不安を懐き始めたところで、幸善達は目的だった演習場の前に到着した。そこにはさっき聞いた言葉が書かれているのだが、幸善はそれを読み解くこともできない。


「ここは入れる?」


 Q支部の演習場なら予約が必要だったが、C支部はどうだろうかと思っていたら、ピンク達が扉の横に設置されたモニターを確認し、首肯してきた。

 どうやら、そこで使用中かどうかが分かるらしい。


 三人の首肯を受けて、幸善は演習場の中に足を踏み入れる。相も変わらず、三人は何故か入ってこないが、幸善はそれを気にすることなく、演習場の中を見回していた。


 会議室とは違って、演習場の中はQ支部と全く同じではなかった。

 Q支部の演習場は体育館を思わせるスペースだったが、C支部の演習場は全体的に灰色で、コンクリート製の空洞という印象だった。


 広さ的にはC支部もQ支部と変わらない広さだ。壁や床の強度も同じくらいだろう。

 ここで幸善達がそうしたようにピンク達も特訓を重ねたのかと考えたら、幸善は途端に嬉しくなってくる。どこの仙人も同じなのかと改めて感じる。


 その一方で、Q支部で重ねった特訓の時間が懐かしくもあった。本部でも同じように幸善は特訓の時間があったが、その時間とQ支部での時間は全く印象の違うものだ。


 少しセンチメンタルな気分になり、幸善が演習場の床に手を伸ばしていると、不意にC支部内に放送が流された。

 明らかに怒りを滲ませたアイランドの声がC支部内に流れ、それを咄嗟に翻訳できなかった幸善でも、何を言っているか想像のつくものだった。


 振り返ってみると、演習場の入口でピンク達が慌てた顔をしていた。その顔に苦笑を浮かべて、幸善は三人に近づいていく。


「案内ありがとう。時間が来たみたいだから戻るよ。俺のいた部屋がどっちか分かる?」

「それなら、案内を……」


 そうドッグが言おうとしたので、幸善は途中で察して制止した。


「いや、大丈夫。一人で戻るから、方向だけ教えて」


 幸善がそう伝えると、ドッグが無言で病室のある方向を指差してくれる。


「ありがとう」


 そうお礼の言葉を口にしてから、幸善はドッグが指差してくれた方向に向かって歩き出した。


 その後ろ姿を見送りながら、ピンクがふと呟いた。


「一人で行ったね。僕達も怒られないように一人で帰ったのかな?」

「そう……なのか?」

「分からないけど、そういう感じに見えたね」


 そう呟いてから、ピンク達はそこまでの幸善の姿を思い出し、ぽつりと漏らす。


「何か意外と……」


『普通だった……』


 三人の感想が交わって、思わず顔を見合わせてから、誰からというわけでもなく、三人は揃って笑い出した。

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