鯱は毒と一緒に風を食う(7)

 身振り手振りを交えて、何とかピンク達が普段立ち入っている場所を案内して欲しいと伝えることには成功したが、着実にピンク達との間に溝が生まれていることを感じ取り、幸善は首を傾げた。距離を埋めるための行動のはずが、この結果はおかしい。


 何か根本的な誤解が間にあると思うのだが、その誤解の正体を知るには言語の壁が邪魔だ。ピンク達の会話が分からない以上、幸善には推察する以外の手段が用意されていない。


 だが、推察する程度で分かる誤解なら、首を傾げる前に理解できていてもおかしくはない。

 こうして悩んでいる時点で、推察では辿りつけない場所に誤解の正体があることは明白で、それを知る術を幸善は持っていないに等しかった。


 正体を知らないでも解く手段はないかと幸善は考えてみるが、正体を知らないのに解く手段が思い浮かぶはずもない。鍵穴を見ることなく、想像だけで鍵を作るようなものだ。


 幸善が足りない頭と情報で首を傾げていたら、不意に先を歩いていた三人が立ち止まって、近くの扉を手で示した。


「ここに良く集合します」


 ピンクの言ったことをゆっくりと頭の中で翻訳してから、幸善は示された扉に目を向ける。


「ミーティングルーム……会議室か。Q支部と同じだな」


 そんなに会議することがあるのかと疑問に思うほどに、Q支部には会議室があった。それと似た光景がC支部にも広がっているのだろうかと想像し、幸善はここも奇隠なのかと改めて実感する。


「これって入って大丈夫?」


 幸善が扉を指差しながら聞くと、ピンク達は玩具のように揃ってコクコクと頷いた。


 その揃い方に幸善は笑いを漏らしかけるが、下手に笑ったら怖がられると寸前のところで考え、笑いを掻き消すように口元を押さえた。笑ってしまいそうな目元を無理矢理に吊り上げて、笑いを腹の底に仕舞い込む。


「どうした…の……?」


 唐突に口元を押さえた幸善を心配したのだろう。ピンクが恐る恐る声をかけてきて、幸善は反射的に振り返った。口元を手で押さえ、目元を睨みつけるように吊り上げた状態のままだ。

 その視線と無言の圧力にピンクは声をかける体勢のまま固まった。


「何でもない」


 何とか笑いの波を超えた幸善がそう口にし、会議室の扉を開いた。その中に入っていく後ろで、固まったままのピンクがぽつりと零す。


「殺されるかと思った……」


 フェンスとドッグが無言でピンクの背中を叩く中、幸善は一人だけピンクの言葉を聞きそびれ、三人が入ってこないことを不思議に思っていた。


(どうしたんだ?)


 そう思いながら、会議室の中を見回して、Q支部の会議室との違いのなさに感動を覚える。


「流石に会議室はどこも同じなのか……」


 テーブルと椅子の配置も、配置されたテーブルや椅子の種類も、全てがQ支部と同じだ。恐らく、奇隠が支部を作る際に同じものを調達したのだろう。


 見覚えのある会議室と同じ光景に懐かしさを覚えながら、幸善はふとQ支部で良く利用していた場所を思い出す。

 ピンク達もその場所を利用していないのか聞こうと思い、未だに会議室の中に入ってこない三人を見やって、質問しようとした。


「なあ、三人は……」


 そこまで言ってから、幸善は言葉に詰まる。


「演習場って何て訳すんだ?トレーニングルーム?」


 再び言語の壁にぶち当たり、何と表現すれば伝わるのか悩んでいたら、幸善の呟きを聞いたフェンスが声を漏らした。


「ああ、トレーニングルームに行きたいのか?」

「おお、何か知らんが伝わったらしい」


 思わぬ意思疎通に感動を覚えながら、幸善はフェンスの確認に首肯した。それを見た三人が一度、顔を見合わせてから、こっちと廊下の先を指差して伝えてくる。


 その後ろ姿について歩きながら、幸善はピンク達もやはり演習場で特訓したりするのだろうかと考えていた。


「トレーニングルーム良く使うのか?」


 一時期、様々な特訓もあって入り浸っていたことを思い出し、幸善は共感できる話題ができたと質問する。


 だが、三人の返答は意外なもので、揃ってかぶりを振っていた。


「あんまり使わない」

「え?そうなのか……」


 三人の返答を少し残念に思いながら、幸善は頭を掻いた。自分が仙人になったタイミングや人型との遭遇率などを考えると、もしかしたら幸善の周囲の環境が異常だったのかもしれない。


 他の国ではそれくらいの認識でも普通ではないと思い、幸善は気持ちを切り替えて、他の共通点でも見つければ怖がられないかもしれないと考えていた。


 そうしたら、ちょうど言っていたトレーニングルームに到着したらしく、ピンク達が立ち止まった。


「ここだ」


 指差された扉にトレーニングルームの文字を発見し、幸善は納得したように頷く。


「入ってもいいのか?」


 そう聞いてから、演習場は予約して使っていたことを幸善は思い出した。Q支部とC支部が同じなら、突然入ってはいけないだろう。


 そう思ったが、どうやら大丈夫らしく、三人は首肯する。


 大丈夫なのかと少し驚きながら、幸善はトレーニングルームの扉を開け、中に一歩入ったところで立ち止まった。


「ここは……?」


 振り返って三人にそう聞くと、三人は不思議そうに首を傾げ、「トレーニングルーム」と口にした。

 その一言を念頭に置きながら振り返り、幸善は立ち入った部屋の中を見る。


 そこには様々な筋トレマシーンが並ぶ、正にトレーニングルームだった。


「思ってたのと違う!?」


 黙々と筋トレを続ける筋骨隆々な男達を尻目に、幸善は想定していた部屋と違う部屋に案内されたことで、自然と堪え切れない笑いに襲われていた。


 さっきは我慢できたが、今回は不意打ちにも程があった。一瞬は耐えようと頑張るが、ついには堪え切れずに幸善は笑い始める。


 その姿を見た三人が唖然とした顔で顔を見合わせてから、幸善を不思議そうな目で見てきた。


「笑ってる……」

「笑ってるな……」

「笑ってるね……」


 三人がそう呟く隣で、幸善は思わぬすれ違いに溜まり切った笑いを吐き出すように笑い続ける。その姿をピンク達はしばらく、ただ黙って見守っていた。

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