鯱は毒と一緒に風を食う(6)
「案内と言われても、何を案内したらいいのだろう?」
前方を歩くピンクが戸惑いの声を漏らし、戸惑っているなと幸善は思った。言葉がすぐに分からなくても、それくらいはすぐに分かる声色だ。
「敵情視察かもしれないから、下手な場所は見せないようにしないと」
フェンスが小声で二人に何かを伝え、きっと碌でもないことなのだろうと幸善は察した。
「敵じゃないよ。仙人だよ。確か年も近いはずだよ」
「そうだとして、牙を剥かないとは限らないだろう?妖怪と喋る奴だぞ?」
「それはオータムの偏見だよ。妖怪を悪とか敵とか、勝手に決めつけているだけだよ」
「普通の妖怪はそうかもしれないけど、妖怪の側に立つ人間だぞ?人型じゃない根拠はどこにあるんだよ?」
「人型を仙人にするなんて、奇隠はそこまで馬鹿じゃないよ」
「それは……流石にそうか?」
フェンスとドッグの言い合いは良く分からないところも多かったが、二人の関係性は見ているだけでも分かった。その間で戸惑っているピンクも含めて、幸善の周りにはない関係性がそこにあるようだ。
ただ周りにないからと言って、その関係性が分からないわけでもない。同じ形ではないが、それに似た形なら身近なところにもあると幸善は感じる。
そんなことを考えていたら、ふと三人の日常が気になった。失ったわけでもないのに、既に思い出と化しかけているが、Q支部での日常を思い出し、それに近しい光景を覗いてみたい気持ちに襲われる。
「なあ」
幸善が軽く手を伸ばし、前方を歩く三人を呼び止めると、誰かがスイッチを押して電気を流したように、三人が揃って身体を震わせて固まった。その反応に声をかけた側の幸善もビクンと身体を震わせる。
「どうされた……?」
振り返ったフェンスが代表して震える声を漏らす。
怖がられないように距離を詰めようと幸善は考えたのだが、親指を床に向けてから、三人の警戒が高まっているように感じる。失敗だったかと今更ながらに思っても、できることは親指を切り落とすことくらいで、それをしたら更に怖がられそうだ。
取り敢えず、これ以上、三人の恐怖心を刺激しないように話そうと考え、幸善は少ない語彙力の中から言葉をできるだけ選んで、三人の普段の様子を見たいと伝えようとした。
「お前ら毎日見たい」
「え……?」
三人が口から息を漏らし、僅かに幸善から離れるように半歩後ろに下がった。
その様子を見ただけで、これは何か言い方を失敗したと幸善は理解し、一度手を伸ばしてタイムを求める。
「何がダメだったんだ……?意味的には合ってるよな……?やっぱり、文法を理解していないと伝わらないのか……?」
幸善が独り言を呟きながら考え始めた隣で、ピンク達は顔を近づけて囁くように話し始める。
「今のどういう意味だ……?俺達を監視したいってことか……?」
「もしくは、もう自由はないという脅しかもしれない……」
「おい、一回逃げた方がいいんじゃないか……?」
「そうかな……?少し違うんじゃない……?」
考え込むように顎に手を当てながら、幸善に軽く目を向けたドッグが呟いた。その一言を聞いたピンクとフェンスが驚いた目でドッグを見る。
「何が違うんだ……?」
「何か分かったの……?」
「いや、さっきから聞く感じ、英語が苦手っぽいよね……?話す時もずっと片言だし……そういう言い回しができないんじゃないかなって思って……」
「なら、どういう意味だ……?そのまま、毎日監視したいって意味か……?」
「もしかして、普段が見たい、的なこと……?」
ピンクが幸善を見ながら思いついたことを呟き、ドッグも同意するように頷いた。
「案内の話もしてたし、そういう意味じゃないかな……?」
「それって、俺達の普段の様子から情報を奪おうとしているってことか……?」
「いや、多分違うと思うよ……もしかしたら、あの人……」
そう言いながら、ドッグが幸善に視線を向けた動きに合わせて、ピンクとフェンスも幸善を見やる。
そこで幸善は三人とちょうど目が合った。何かを話しているとは思ったが、何を話しているかは分からないので、怯えられている可能性と英語を馬鹿にされている可能性を同時に考え、幸善は冷めた目で三人を見てしまう。
その視線に三人が固まり、フェンスが横目でドッグを見た。
「もしかしたら、あの人……その先は何だよ……?」
「いや……勘違いかも……」
三人の中での幸善に対する恐怖ポイントが無事に上昇した。
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