鯱は毒と一緒に風を食う(5)

 三者三様に言葉を並べ立てる少年達の話を一通り聞き終え、幸善は大きく頷いた。


「うんうん、なるほど……全く分からなかった」


 最初の方はまだ良かった。恐る恐るという感じで、幸善に向ける言葉はぽつりぽつりとしたものばかりだった。その状態なら幸善も聞き取ることができる。翻訳に時間はかかるが、意味を汲み取ることも可能だ。


 だが、そこから舌が回り始めて、三人が同時に喋り始めた時は地獄だった。


 何とか説得し、一人ずつ話してもらうようにしたが、それでも早口で話されると何を言っているか分からない。聞き取れた単語を並べても、伝えようとしている意味の部分を読み取ることができない。


 途中から聞き取ることを諦めて、分かった風に頷き続けたが、話し終えた雰囲気を醸し出され、幸善は観念するしかなかった。

 とはいえ、その観念した言葉も日本語で口に出したので、目の前の少年達は首を傾げているだけだ。


 取り敢えず、ギリギリ聞き取れた範囲でいうと、三人の名前は何とか分かった。


 幸善の正面で正座をしている少年がミラー・ピンク、その右隣で正座をしているのがオータム・フェンス、左隣で正座をしているのがブルー・ドッグというらしい。


 C支部内を移動していたら、幸善の病室を囲う人混みを発見し、何があるのかと聞いてみたら、幸善がそこにいると分かり、一目見ようとやってきたところが今らしい。さっきもいたそうなのだが、その時は幸善の姿を見られないまま、アイランドが現れてしまい、一時退却したそうだ。


 幸善の理解が追いついたのはそこまでだ。その先は舌が絡まりそうなほどに勢いが増していき、気づいた時には置いていかれていた。高速道路の中央で行き交う車の中、ぽつんと取り残された気分だ。


 簡単な英語とジェスチャーで何を言っているか分からなかったことを伝えると、三人はしばらく見合ってから、ゆっくりと幸善の顔を見上げてきた。何故か三人は正座を継続したままだ。


「耳と頭、どっちが悪いんだ?」

「おい。その悪口は聞き取れたぞ?」


 幸善が睨みつけると、途端にフェンスが身を縮こまらせた。引き攣った表情は恐怖すら感じさせるものだ。


 大半は何を言っているか分からなかった早口時間も、幸善に対する恐れみたいなものは透けて見えていた。それは言葉が分からなくても、表情や話し方を見ていたら分かることだ。

 幸善としては自分に怖がられる部分があると思えないのだが、現実に怯えられている以上は何も言えない。


 もしかしたら、三人はただ外国人である幸善を警戒しているのかもしれない。

 具体的に何が怖いとかではなく、自分達とは少し違う存在を恐れるという意味での本能的な恐怖。理由と言える理由はないが、外国人を少し怖いと思う感覚には幸善も覚えがある。


 ただ幸善は点々と渡り歩いた直後で、その部分の感覚が麻痺していたから何も思っていなかったが、三人はその恐怖を敏感に懐いた。その違いだと考えたら、三人の反応も納得できた。


 とはいえ、いつまでも怖がられていたら気分が悪い。少しは慣れてもらいたいところだ。


 そう思い始めた幸善が病室の中に目を向けた。そこに置かれた時計を確認してみるが、アイランドが言っていた手配を終わらせるには時間がたっぷりとありそうだ。その間、ずっと病室で過ごすのも何だろう。

 ゆっくり休むようには言われたが、ゆっくり休むことは何も寝ることに留まらない。運動や仕事をしなければ、それは十分に休憩だ。


 幸善はもう一度、廊下に目を戻し、三人の少年越しに廊下の先を見た。壁や床の素材は違うが、C支部の廊下とQ支部の廊下の印象は変わらない。

 それなら、このC支部の広さも当然、似たものと言えるだろう。


「三人にお願いある。オッケー?」


 絶対に日本語だったら片言になっていると自分で分かりながら、幸善は三人の少年に英語で話しかけた。三人は揃って幸善の顔を見上げてから、ぎこちなく首を傾げている。


「C支部の案内お願い。オッケー?」


 幸善がそう告げると、三人は再び顔を見合わせてから、代表するようにフェンスが幸善に聞いてきた。


「ギャラは?」


 その一言の意味をちゃんと理解した上で、幸善は笑顔を作ったまま、右手の親指をC支部の床に向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る