花の枯れる未来を断つ(14)

 擬似人型が出現した際、奇隠が得られる情報から考察を進めたように、クリス達も擬似人型の特徴から、いくつかの仮説を作り上げていた。


 その中の一つが体内構造に関する仮説だ。


 目の前のアザラシ人間を始め、擬似人型の大半は別種の動物を模した頭部や胴体を有しているが、基本的な身体は人間をモチーフにしているものだ。

 それが前提としてある以上、体内構造は見た目に見える別種の動物ではなく、人間に近しい構造をしていると考えられる。


 というよりも、人間を前提とした構造を持っていないのなら、その形状を保つ意味がない。

 空を飛ぶにも泳ぐにも陸上を走るにも、人間の身体よりも他の動物の身体を用意した方が速くなることは確実だ。


 そうではなく、人間の身体を選んだ時点で、人間の身体であることに一定の意味があると理解できる。

 そこに別種の動物の身体をくっつけた理由は分からないが、この場合はそこを大きな問題として考える必要はない。


 クリスにとって必要なのは、相手の基本的な構造が人間のものと同じという情報だ。


 同じ哺乳類でも当然のことながら、人間とその他の動物では体内構造に違いが生まれる。

 クリスにとって、その違いが仙術を生かす上で障害となるポイントだ。


 人間には作用するが、他の動物、例えば犬には効かないこともあれば、その逆も起こり得る。それがクリスの仙術で、特にクリスはアザラシの身体のことなど調べたこともなかった。

 当然だ。たとえ妖怪でも、街中でアザラシの妖怪にエンカウントすることは通常あり得ない。


 もしもアザラシ人間の身体がアザラシと同一なら、クリスの仙術はアザラシ人間に効力を発揮するか分からない。

 生やした植物による物理攻撃は通っても、それは仙術としての本質よりも荒技に近いもので、戦いを優位に進めるには頼りにならない要素だ。

 本当に通したい攻撃がアザラシに効くかは分からない。


 だが、人間相手なら確実に通用する。それはデータとして十分に揃っている。


 その考えが頭にあるクリスにとって、擬似人型の身体が人間と同じ構造であるという仮説は大事なもので、その確証を得ることも考えたが、今はそれだけの時間がないと判断した。


 クリスは手元から廊下を通過して、アザラシ人間の眼前まで小さな植物を生やし、そこに花を咲かせた。


 もしも人間と同じなら、アザラシ人間の動きはこれで封じられるはずだ。花に魅了され、花に引き寄せられ、前後左右の感覚に影響を与える。

 だが、アザラシ人間の身体がアザラシと同じなら、花の香りがどこまで効果を発揮するかは分からない。足止めには使えないかもしれない。

 クリスにとって、この行動は賭けの側面も含んでいた。


 もちろん、勝算がないわけではない。事前に擬似人型の身体の構造は人間に近しいと判断を下し、それがあったから移した行動だ。

 だが、寸前まで分からない側面もあったので、アザラシ人間が跪いた瞬間、クリスは笑みを隠し切れなかった。


 やはり、擬似人型にも自身の仙術は十分に通用する。戸惑った表情で自身の足に目を向けるアザラシ人間を見ながら、クリスは左手の中で種の生成を続けた。


 この時、クリスは完全に油断していた。普段なら死に直結する油断だ。ともすれば、クリスは死んでいたかもしれない。


 ただクリスにとって幸いなことに、その場にはクリス一人だけではなかった。同じようにアザラシ人間の様子を見て、跪いたことにクリスとは対照的に驚いている人物がその場にいた。


 その人物、檜枝が一瞬、アザラシ人間から目を逸らしたクリスに向かって叫んだ。


「逃げてください!」


 咄嗟の叫び声の意味は分からなかったが、檜枝の声色だけでクリスは察した。


 クリスが顔を上げて、アザラシ人間に目を向けたとほぼ同時だ。アザラシ人間は跪いた体勢のまま、手を地面に叩きつけるように伸ばし、クリスの前まで無理矢理に飛んできた。


 どうして動けるのか。クリスは疑問に思いながら、アザラシ人間の対応に迫られる。


 アザラシ人間が跪いたことで、クリスは自身の仙術が機能したと思い込んでいたが、実際はクリス達の仮説には一つの誤認があった。


 それがどちらか一方と決めつけた点だ。


 実際の擬似人型は人間とアザラシの体内構造を同時に有していた。人間であり、アザラシであると言える存在だ。

 その相手に対して仙術は一定の効果を示すが、クリスの考えているほどの効果は期待できなかった。


 そのことに気づく前にクリスは、こちらに迫ってくるアザラシ人間が作り出した透明な板を見た。

 ライオットシールドのように前方で構えられた透明な板は、クリスに対してどのような影響を及ぼすのか、はっきりと分かっていない。


 クリスの肉体を消滅させるか、植物のように枯死させるか、何が起きるか分からない以上、クリスはそれに触れることができない。


 クリスは咄嗟に左手の中を確認する。種が出来上がるだけの時間があるはずもなく、クリスは強張った顔でアザラシ人間を見た。


 瞬間、アザラシ人間の構える透明な板がクリスに到着した。

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