花の枯れる未来を断つ(13)

 透明な板の正体について、既にクリスは考えることをやめていたが、全く情報を得ていないわけではなかった。


 クリスの右手や撒いた種は板に触れた瞬間消えたが、アザラシ人間に絡みついた植物はすぐに消えるわけではなく、しばらく経ってから枯死した。


 つまり、板の使い方には違いがあるということだ。


 対象を消滅させる板と、対象に別の影響を与える板。その違いが何にあるかは分からない上に、考えるつもりがクリスにはないが、違いの理由があるとしたら、板の配置の仕方だとクリスは考えた。


 右手や種を消滅させた板は設置したが、植物を枯死させた板は移動させた。それも自身を巻き込む形での移動だ。


 移動させることと自身を巻き込んだことのどちらに違いの理由があるかは分からないが、同じ状況を作り出せば、アザラシ人間に植物を即座に消滅させられることはない。


 クリスはその判断を下し、アザラシ人間の足元から植物を生やした。


 そして、それは間違いではなかったようだ。


 足元から伸びた植物がアザラシ人間の足に絡む中、アザラシ人間は冷静に手を動かし、自身を取り囲むように透明な板を作り出した。

 それがアザラシ人間の身体を中心に交差し、アザラシ人間に絡まっていた植物はゆっくりと元気を失い、表面の色を変化させていく。


 その先に植物は枯死するのだが、クリスはその瞬間を待つことなく、更に自身の手元から床を割る形で植物を生やし、アザラシ人間に伸ばした。


 巨大な茎に身体を押され、アザラシ人間の身体が家の外へと吹き飛んでいく。手元から生やした植物はその間も成長しているが、伸びた植物を順に飲み込むように透明な板が飛来し、植物の茎は実際に飲み込まれたように消えていった。


 クリスの手元まで板は到着し、クリスは咄嗟に廊下の壁に飛び、その板から逃れようとするが、板自体はクリスの手元に到着することなく、その手前で静止した。


 板の出現は特別に速いわけではないが、遅いわけでもなかった。恐らく、今のクリスの攻撃にも本来のアザラシ人間なら、自身に触れる前に対応できるだろう。


 それをしなかったのは板を出した直後だったからだ。


 一度、板を出現させてから、次の板を出現させるまでラグが発生するか、もしくは枚数に制限があるか。

 少なくとも、アザラシ人間は無尽蔵に透明な板を作り出せるわけではない。それができるのなら、クリスの逃げ場を封じて、処理することは簡単のはずだ。


 右手の痛みを忘れるほどに怒りを覚えたクリスだったが、次第に状況が整い始めて、ゆっくりと冷静な思考も戻りつつあった。


 アザラシ人間に放り投げた種を思い出し、それが作れるかと左手の中で試してみる。


 元々、植物自体は仙気で作られたもので、仙気を糧に成長する植物なら、問題なく、すぐに生み出せる。仙人と戦う際はそれで事足りて、それが一番なので不満に思ったことはないが、妖怪を相手にする場合は違う。


 必要となるのは妖気を糧に成長する植物だが、仙術という元々の力の違い上、すぐに生み出すことはできない。

 時間を必要とするか、その時間を不必要とするほどの妖気に触れるかのどちらかだ。


 さっきは右手が透明な板に触れた直後のことで、その後者の条件が整っていた。怒りに任せて、右手に触れた気を触媒に種を作り出し、その全てを放り投げてしまった。


 だが、今はその妖気も消えて、触れた妖気と言えば、クリスの顔を殴ったアザラシ人間の手くらいだ。それも妖気そのものを用いた攻撃ではないため、種を作り出す時間の短縮には使えない。


 これが作れたら、奇隠の到着を待たなくても勝ちが見える。この種が失敗しても、奇隠が到着するだけの時間が稼げているのなら、アザラシ人間の勝ちはなくなる。


 どちらに転んでも、クリスにとってはメリットしかない。そう考え、クリスは左手の中で種の生成を始めた。

 さっきはポップコーンのように弾けて生まれたが、今回はゆっくりと練り上げて、形から作り出さないといけない。完成までは数分かかるだろう。


 それができるまではアザラシ人間に遊んでいてもらおう。クリスは放り出された外から、こちらに歩いてくるアザラシ人間の姿を見据え、半分を失った右手を床に伸ばした。

 さっきまでとは違い、今度は背の低い小さな植物を右手から廊下を通過して、家の外にいるアザラシ人間の眼前まで生やす。


 それら植物が一斉に花を咲かせた直後、アザラシ人間はその場に跪いた。

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