影は潮に紛れて風に伝う(26)
「どこに向かってるんだ?」
少し先を歩くキッドや仮面の男を追いかけながら、幸善が問いかけると、仮面の男越しに幸善の言葉を聞いたキッドが僅かに振り返り、小さく笑みを浮かべた。何を言いたいかは分からないが、幸善の気分的には馬鹿にされたみたいだ。
「おい、説明するんじゃないのかよ?」
踏み出す足と言葉尻に苛立ちを乗せて、幸善がキッドに突っかかろうとした。
しかし、幸善の言葉は仮面の男によって翻訳されることはなく、仮面の男から幸善に対する答えが返ってきた。
「そう焦らないでください。目的地までは少し遠いので、ゆっくり話しても時間が余るくらいですよ」
落ちついた仮面の男の言葉を聞きながら、幸善はやはり、その声をどこかで聞いた覚えがあると考えていた。
それがどこなのか思い出せないのだが、目の前の男が誰であるのか、幸善は既に知っている可能性がある。それを突き止める必要があるのか分からないが、場合によっては必要となる可能性もある。
幸善が底まで潜るように記憶を探っていると、不意にキッドが何かを呟いた。
「お前は奇隠をどう思っている?」
「何?どういう意味だ?」
キッドの呟いた言葉を仮面の男から聞かされ、幸善は反射的に眉を顰めていた。何を話し始めたのか分からないが、これまでのキッドの行動を鑑みると、そこにあまり良い印象は持てない。
「言い方を変えよう。今の仙人はどう思っている?」
「今の仙人?」
その言い方に含まれたニュアンスが幸善は少し気になった。
ただ仙人と言うわけではなく、『今の』と頭につけたことで、まるで昔の仙人と今の仙人に違いがあるようではないか。そう思った幸善の心を覗いたようにキッドが呟いた。
「今と昔では仙人に大きな違いが生まれた。原因は奇隠だ」
「違い?どういう意味だ?」
「お前、シアに逢ったんだろう?」
シア。仮面の男を通しても変わらなかったその言葉に、幸善は少し頭を働かせる必要があった。
逢ったと表現するからには、その言葉が示す対象は逢えるものだ。普通に考えると生物、キッドがペットを飼うイメージは湧かないので、その対象は人間と考えるべきだろう。
村人の中ではシアという名前は聞かなかった。それ以外に逢った相手となると、限られる候補は三人だ。
壁付近で逢った少女と男。それから、村に来た少年の三人だ。
「どれだ?」
そう聞いたら、仮面の男がキッドに伝えることもなく、振り返って「女の子です」と答えてきた。
どうやら、壁付近で逢った動物を引き連れた少女はシアという名前らしい。
「シアの力は見たか?」
「力?」
そう言われ、幸善はその時のことを思い返す。何を示して力と表現するのか難しいが、気になったことなら一つあった。
それが少女の周りにいた動物の存在だ。それらの動物は少女に付き従っているように見え、幸善を襲ってきた小鳥は少女の声に反応しているようだった。
「あれは動物を話せるのか?」
「ああ、ちゃんと気づいたか。そうだ。シアは動物と会話ができる」
「そういう仙術なのか?」
「いいや、違う。あれは仙術でもなければ仙技でもない。もちろん、妖術でもない。あれはそういう体質だ」
「体質?」
聞き慣れないキッドの呟いた表現に幸善は眉を顰めた。体質と言われても、動物と会話できる体質など、幸善はこれまでに聞いたことがない。
「稀にいるんだよ。生まれた時から特別な力を持って生まれてくる奴が。そういう生まれた時から持っている力を俺は体質と呼んでいる」
「そんなのがあるのか?」
「何を言っているんだ?耳持ちも体質の一つだ。事実、仙術や仙技について明るい奇隠でも、お前の体質を血統以外で説明できなかったはずだ」
そう言われれば、幸善の耳も
「本来、仙人の力はそういう体質由来だった。だから、仙人は数が少なかった」
「だけど、今は違う」
「そうだ。奇隠が仙人という存在やその力をマニュアル化した。それによって仙人は爆発的に増え、なり損ないみたいな仙人が増えてしまった」
キッドの言い方に幸善は苛立ち、先を歩くキッドの背中を鋭く睨みつけた。
その途端、キッドが振り返り、背中向きのまま器用に森の中を歩きながら、幸善に向かって宣言する。
「いいか、耳持ち。俺は、俺達は、そういう紛い物が正統になる世界に反旗を翻す。俺達の目的は……!」
そう言いながら、キッドが足を止めて、前方にある山を指差した。山は遠くから見ても分かる岩山だが、キッドの指差したその場所だけ、その表面から植物が生えている。
「真の仙人だ。この世界は本当の仙人が正しく導く」
「本当の仙人……?」
幸善が怪訝げに眉を顰める前で、キッドの言葉を補うように仮面の男が言葉を付け足した。
「あそこが目的地です」
それを聞き、目を凝らし、幸善はキッドの指差した先にある植物を見た。良く見るとそれは岩山の一部に開いた洞窟から飛び出しているようだった。
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