影は潮に紛れて風に伝う(25)

 短時間で襲ってきた情報の多さに脳が焼かれ、幸善はしばし呆然と目の前の光景を眺めていた。


 あれだけ探しても見つからなかったキッドが目の前に現れたこともそうだが、仮面の男の風貌の異様さや消えたウィームの行き先まで、幸善が気になることは目の前に山ほどあった。


 それらに対する疑問が頭の中に言葉として並び、どれを最初に口に出すべきかと考えた時、幸善の混乱し切った頭は唐突に外側から違う情報を引っ張ってきた。

 不意に幸善の視線がキッドから移り、キッドの目の前にいる仮面の男に向く。


「ていうか、どこかでお逢いしました?」

「はい?」


 何を言い出すのかと言わんばかりに首を傾げる仮面の男を前に、幸善の頭は勝手に検索を始めていた。


 最初に聞いた時はウィームの消失など、他の情報が多く特に何も思わなかったが、そこにいる男の声はどこかで聞いた覚えのあるものだった。それがどこだったのか思い出したいが、思い出せるほどに幸善の頭は働かない。


「おーい、俺を無視してるのか?」


 言葉は通じていないと思うのだが、幸善と仮面の男の様子から、話のテーマが自分に向いていないと感じたらしく、キッドが幸善の視界に割って入るように顔を出してきた。


「そ、そうだ!つーか、11番目の男がどうしてここにいるんだ!?アジをどうした!?」


 突然、割って入ってきたキッドの顔が誤作動を起こした幸善の脳を正常に戻し、幸善の口がそれまでに溜め込んでいた言葉を一気に吐き出すように回転した。

 その勢いと剣幕に流石のキッドも引いていたが、それに気づかない幸善を仮面の男が割って入って制止してきた。


「すみませんが、一つずつでお願いします。通訳するにもまとめては無理なので」

「あ、ああ、そうか。伝わらないのか。なら、まずはアジをどうしたんですか?」

「それは先ほども言いましたように村に送り届けましたよ。今頃は村にいるはずです」

「そうなのか?」


 幸善がキッドを睨みつけると、仮面の男から何かを聞いたキッドが首肯するように頭を縦に振った。その真偽は定かではないが、今は一先ず信じることにしよう、と幸善は考える。


「なら、次はどうして11番目の男がここに?」

「元から話す予定だったが、俺とお前じゃ言葉が違う。間に挟む奴が必要だったから、到着するまで待ってたんだ。そうしたら、勝手に移動するから探すのに少し苦労した。まあ、あの子が一緒だったから、森の中でもすぐに分かったんだが」


 幸善の言葉を仮面の男越しに聞いたキッドが返答し、それを再び仮面の男越しに聞いた幸善は少し眉を顰めた。

 何とも自分勝手な話だと感じ、それなら先にその意思を示しておけば良かったと言い出したかったが、それも今となっては過去のことだ。今に聞くことではない。


 それよりも、幸善が気にするべきなのはキッドが話す予定だったと言っている部分に思えた。


「何を話すつもりだったんだ?」

「もちろん、どうしてお前をここに連れてきたのか。どこまで分かってる?」


 仮面の男を通さなくても、苛立つ質問のされ方をしていると伝わるキッドの表情を見ながら、幸善は仮面の男が口に出すキッドの言葉を聞いた。


 それから、幸善は上空に広がる島の天井に目を向ける。


「あれはこの島を守っている壁だろう?あの外側は海だ。ここは海底か?」

「おお、そこまで分かっているのか。結構、調べたな」

「おかげで死にかけた」


 見上げた島の天井を観察しながら、幸善はそこに残った未だ解決していない謎の一つを発見し、それを示すように指を天井に向けた。


「あの明かりは何なんだ?」

「何って明かりだろう?見て分かる」

「そういうことじゃない。あの明かりはどういう原理で光ってるんだ?光の強さもそうだが、ここが海底なら電気とか引いてあるのか?」


 幸善の問いを聞いたらしいキッドがゆっくりと笑みを浮かべた。その表情の嫌らしさに幸善は自然と眉を顰める。


「あれは電気由来じゃない。仙気由来だ」

「仙気?」

「電気のように仙気をエネルギーに変換して、ああして発光している。だから、普通の明かりと違って、太陽光に近しい明かりになっているんだ」

「そんなことが可能なのか?」

「可能も何もお前は見ているはずだ。日本の支部にだって、そういう物はあるだろう?」


 そう言われ、幸善の頭の中でQ支部の出入口となる開かずのトイレの存在などが浮かび上がった。ああいう奇隠独自のものの元を辿れば、それは仙気に通じるとキッドは言いたいらしい。


「そもそも、地下にある支部も同じような明かりを使っているはずだ。あれの原理は奇隠からパクったものだからな」


 キッドの言葉を仮面の男から聞き、幸善は再び島の天井に目を向けた。そう言われても、これほど離れた距離で明かりを見たことはなく、支部の明かりとは明るさが圧倒的に違うので、同じものには到底見えない。


 だが、それだけの情報を得たことで分かったこともある。


「つまり、海底に逃げることは計画的な行動だったんだな」

「ああ、気づいたか。まあ、ちょっと予定と違っているんだがな」

「何を企んでいるんだ?」

「そいつをこれから説明する」


 キッドが自身の背後を指で示し、幸善についてくるようにジェスチャーした。その指の向かう先を想像し、幸善は少し表情を引き締める。


 その方向にはウィームやベネオラの言っていた立入禁止エリアがある。


「分かった」


 そう言いながら、幸善が首肯すると、キッドと仮面の男が揃って森の中を歩き出した。その後ろ姿を追いかけ、幸善も移動を始める。


 キッドの目的が分かるかもしれない。その期待もあったが、この先は敵の真っ只中だ。

 そこに足を踏み入れる緊張感にも襲われながら、幸善はキッドや仮面の男を見失わないように足を動かすのだった。

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