影は潮に紛れて風に伝う(27)

 岩肌に沿うように生える植物に触れ、それが木肌であることに気づいた。洞窟の中から外側に向かって伸びる植物は、どうやら樹木のようだ。


「こんなところに木が?」


 驚く幸善の隣でキッドも同じように樹木に触れた。


「これが俺達の始まりだった」

「この木に何かあるのか?」


 幸善は感慨深そうに呟くキッドを見ながら、その言葉を仮面の男が訳すのを待ったが、その前に仮面の男は洞窟の傍らに手を触れていた。


 そこで何かを探るように手を動かし、何を探っているのかと覗き込もうとした幸善の前で、唐突に光が現れる。暗闇に包まれた洞窟に半分入っていた状態だ。暗闇に適しようとしていた幸善の目はその光に襲われ、幸善は思わず後退った。


「何だ!?」


 急な光に対する反応があまりに迫真だったためか、幸善の耳にキッドの笑い声が飛び込んできた。それとは対照的に落ちついた仮面の男の声がその笑い声の隙間から聞こえてくる。


「ただの明かりですよ。島の天井にあるものと仕組みは同じものです」


 そう言われ、ゆっくりと目を開いた幸善の眼前には、さっきまで暗闇に包まれていた洞窟が広がっていた。天井には規則正しく、等間隔で照明が並んでいる。

 その人工的な光景とは対照的に洞窟の側面では、洞窟の外へと伸びる樹木が奥深くから伸びてきている。それはさながら、喉元から伸びる舌のようだ。


「ついてこい」


 キッドが軽く首を動かし、洞窟の奥を示した。簡単な一言だったので、キッドが何を言ったのか、仮面の男を通す必要もなく分かったが、仮に全く分からなくても、そのジェスチャーを見るだけで意味が分かっただろうと思う動きだ。


 キッドと仮面の男が洞窟の奥に歩き始め、幸善はその後を追いかけるように洞窟の中に足を踏み入れていった。


「この奥に何かあるのか?」


 先を歩く二人を追いかけながら、幸善が洞窟の様子に目を向ける。


 この洞窟にわざわざ明かりをつけているからには、この場所に出入りする理由があるはずだ。その理由とキッドの言っていた目的が繋がっているはずなのだが、幸善には未だにキッドの言っている目的が理解できない。


「つーか、さっき言ってた本当の仙人って何なんだよ?」


 そう幸善が聞いた途端、キッドが唐突に足を止めた。仮面の男がまだ幸善の言葉を伝える前のことだ。


 まさか、自分の言葉が通じたのかと思ったが、そういうことではないようだった。キッドは洞窟の壁に沿うように生える樹木に手を伸ばし、そこから伸びる枝葉に触れた。


 そこで幸善は気づいたのだが、その枝葉にはさっきまでは見られなかった果実が実っていた。


「木の実?果物か?」

「食うか?」


 その果実をもぎって、キッドが唐突に幸善を見た。幸善の眼前にその果実が差し出され、幸善は苦々しい顔をする。仮面の男を通すまでもなく、キッドが何を言っているかは分かった。


「食うかよ」


 幸善がそう断言すると、表情と反応から返答を理解したのか、キッドが小さく笑い声を上げる。


「これは俺達がファウンド・フルーツと呼んでいるフルーツだ。味は悪くない。割と甘いが、重要なのはそこじゃない。このフルーツは食べた物の潜在的な力を解放する。意味が分かるか?」


 仮面の男越しにキッドの言葉を聞き、幸善はその怪しさに眉を顰めた。次は一体何の話を始めたのだろうかと考える幸善の前で、返答を待てなかったようにキッドが言う。


「このフルーツを食べると、そいつがどんな奴でも、使んだよ」

「は、はあ……?」


 聞いた一言に耳を疑い、愕然とする幸善を無視して、キッドは説明を続ける。


「仮に仙人としての修業を続けていなくても、仙気の扱い方の一切が分からなくても、そいつはその瞬間から仙術が使えるようになる。ただし、フルーツの持つ気の波長と、食べた人間の波長が合わないといけないから、確率は一千万分の……いや、もしかしたら、一億分の一とかかもしれないな」

「それで仙術を使える奴がいるって言いたいのか?」

「良く分かっているな。俺もその一人だ」

「いや、待てよ。あり得ないだろう?仮にお前の言う通り、その果物にそういう力があるとして、それだけの確率を引き切っているって言うのか?」

「まさか。そんなに俺達は幸運じゃない。言っただろう?この世界には特別な力、そういう体質の奴がいるって。見える奴がいるんだよ。本来は見えない気が。その波長が」


 楽しそうに話すキッドを見ながら、驚きに包まれた幸善の頭は再び混乱し始めていた。


 そのような果物が存在することも信じられないが、それ以上に気になるのは、その果物を使ってキッドが仙術使いを増やしていると言ったことだ。


 それはさっきキッドが自分自身の口で否定した奇隠による仙人のマニュアル化とどこが違うのだろうか。キッドの説明を聞いたことで、幸善は更にキッドのことが分からなくなっていた。


「そんなファウンド・フルーツを作るこの木。俺達はファウンド・ツリーと呼んでいるんだが、何で存在していると思う?」


 キッドが樹木に触れながら、洞窟の奥に目を向けた。


「それがこの洞窟に入った目的か?」

「察しがいいな。そうだ。それが洞窟にやってきた目的であり、俺達の目指す目的そのものだ」


 キッドと仮面の男が再び歩き出し、幸善もそれに続いて、更に奥へと進んでいく。明かりは途切れることなく続き、少しずつ太さを増していく樹木の表面を照らし続けている。


 やがて、その証明が突然途切れ、さっきまで手の届く範囲にあった天井が大きく離れる場所に出た。洞窟の奥地にぽっかりと空いた広大なスペースだ。その天井にも照明が並び、洞窟の奥地とは思えないほどの明るさがそこにはあった。


 その広大なスペースの中央。そこから、樹木は伸びているようだった。

 キッドと仮面の男がその場所に向かって歩き始め、幸善も少し不安を懐きながらも、その後ろをついていく。


「ここを覗き込め」


 樹木の根本付近に移動したキッドがそこで幸善を呼ぶように指を差していた。その指の先には、樹木の根元で僅かに開いた穴があり、その奥にある物が見えるようだ。

 恐る恐る幸善はその樹木の根元に開いた穴を覗き込む。最初は複雑に絡まった根があるばかりで、どれをキッドが指差しているのか分からなかった。


 だが、すぐに幸善は気づいた。天井からの明かりはあるが、その穴の内側には穴がない。

 それなのに樹木の根がちゃんと見えているのは普通ではない。そこには別の光源があるということだ。


 そう思ったところで、絡まった根の隙間から僅かに強い光が漏れていることに気づく。幸善はそこに手を伸ばし、その根を掻き分けた。


 そこで一人の男が眠っていた。


「人?」

「言っておくが眠っているわけじゃないぞ。その方は既に亡くなっている。それはだ」


 その言葉を聞いた幸善は思わず振り返った。そんなことはあり得ないと言いかけて、その言葉を寸前のところで飲み込む。

 そこに眠っている男は少し年を取っているが、表情などには生気が見られ、とても死んでいるようには見えなかった。


 そう思っていたら、更にキッドは信じられない言葉を続ける。


「しかも、その方が亡くなったのはだ」

「は、はあ?お前は何を言ってるんだ?」

「その方はりゅう燕正えんせい様だ」


 少しの笑みも浮かべることなく、キッドは淡々とそう告げた。

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