影は潮に紛れて風に伝う(10)

 情報統制という表現が正しいのか、ウィームやベネオラ以外の村人と話しても、得られる情報はほとんどなかった。他の村人が知っていることはウィームやベネオラも知っていることで、その逆もまた然り。


 とはいえ、情報が得られない可能性は、森の奥に踏み込めないとウィームが言った時点で予想がついていた。自分達の情報を不用意に村人に与えて、そこから外部に漏れ出す可能性を危惧していないとは思えない。

 情報が得られないと落ち込むことはなかった。それもまた仕方ないことだとすぐに受け入れられた。


 ただそこで疑問が生じ、幸善は首を傾げた。改めてウィームやベネオラの住む村を眺めてみる。


 そこは広いとは言えないが、それなりの人数が住んでいる村だ。並んでいるログハウスも多く、遊んでいる子供も多い。

 食料にしても、水にしても、生活に必要な物はある程度なければ、これだけの人数が生きることは難しい。それをキッド達が賄っていると考えるべきだろう。


 それだけの努力をして、自分達の情報を制限して、そこまでしてキッドはこの村を存続させている。その理由が幸善には分からなかった。


 無意味に目的もなく、村人を助けるとは思えない。それはキッドが残虐であるとか、そういう話ではなく、余裕の問題だ。

 奇隠に追われ、見つからないように隠れ、自分達の生活にも一定の制限がある。その中で他人を理由なく助けられる余裕があるとは思えない。


 それは何もなく、現在まで自由にされている幸善も同じことだ。


「ねえ、アジ。ここの人は皆、君達と同じなのか?」


 ウィームやベネオラが村を訪れる経緯は、昨晩の時点で聞いていた。幸善の質問を受けたウィームがこくりと頷き、幸善は再び村の中に目を向ける。


 ここにいる人達は戦争で家族を失った人や生まれつき貧しく、住む家もなかったような人達だそうだ。それらの人をキッドはここに連れてきて、このような村を作っているらしい。


「ほかにも…おなじむらが、さん、ある……」

「さん?全部で四つってこと?」


 幸善が指を四本立てると、ウィームは少し考えるように自分の指を見てから、こくりと頷いた。


 ここを含めて村は四つ。他の村の規模がこの村と同じだとして、村人の合計人数は結構なものになるはずだ。


 そうなってくると、本格的に目的もなく、慈善事業をしているとは考えづらい。何か目的があることは間違いないだろう。

 幸善を生かしていることも、何かしらの理由があってのことのはずだ。そうでないと行動としてあり得ない。


 そう思ってから、幸善は新たな疑問に気づいた。


 キッドは幸善を捕らえた。それは殺すためでもなく、すぐに利用するためでもない。目的はあるはずだが、その目的はすぐに起こることではないのだろう。それは現状から察することができる。


 問題はそこからキッドが幸善を自由にしている点だ。ウィームがいて、ウィームを気にかけることで、幸善は未だここにいるが、場合によってはすぐに逃げ出してもおかしくなかった。


 その可能性にキッドが気づかないはずがないのに、キッドは幸善に何もしていない。ただ自由を与えている。


 つまり、キッドは幸善が逃げられないと確信している可能性がある。逃げられないと思えるだけの明白な理由がある。


 幸善の視線は自然と島の天井に向いていた。その理由として、最も考えられる可能性がその天井の存在だ。どういうものかは分からないが、それがあることで幸善は絶対に逃げられない状況になっているのかもしれない。


 分かり始めたことをまとめるために、幸善は天井から視線を下ろし、ゆっくりと俯く。


 まず、幸善が調べるべきはキッドと直接的に対面する可能性の高い天井についてだ。その秘密を調べることで、この場所や幸善がここにいる理由が分かるかもしれない。キッドと再び話す機会も得られるかもしれない。


 そして、気になることはキッドの目的だ。村人を置いている理由に、幸善は未だ生かしている理由。

 それだけではない。姿を消していたのに日本で唐突に姿を現したことや、そもそも、R支部を壊滅させて姿を消した理由だって分かっていない。


 それらの理由を場合によっては突き止められるかもしれない。もしくは突き止めなければ幸善がここにいる理由が分からないかもしれない。


(森の奥か……)


 そう思いながら、幸善はウィームに目を向けた。

 どうやってウィームに言うべきか。幸善は早速、頭を悩ませ始めた。

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