影は潮に紛れて風に伝う(9)

 幸善の前でウィームが扉を開き、強烈な光が幸善の目を襲ってきた。思わず目を眩ませながら、幸善は咄嗟に手を翳して抵抗する。そのまま翳した手の下に見えるウィームを頼りに、幸善は少しずつ歩き出した。ゆっくりと強烈な光の中に踏み出し、幸善は開き切った扉の向こう側に立つ。


 そこはいつか振りの外だった。軽い暑さを覚えるほどの強烈な光と、適度に肌を撫でるそよ風に、幸善の身体は自然と鳥肌を立てる。


 これがキッドの島か。そう思いながら、視線を動かした先で、楽しそうに遊ぶ子供の姿を見つける。近くには窓からも見えたログハウスが立ち並び、それらを囲うように森が広がっていた。


 ログハウスをぐるりと囲う森の広さに、幸善はこの島でキッドを探す難しさを悟る。ウィームの許可を得て、ウィームと共に外に出てきたことはどうやら正解らしい。何の聞き込みもせずに探せる広さではない。


 そう思った直後、森の向こう側に目を向けた幸善が動きを止めた。ゆっくりと息を吸い込み、そのまま吐くことを忘れたように呼吸を止める。


「な、なあ、アジ。あれって……?」


 そう言いながら、幸善は指を差そうとして、右手を上げた。伸びた人差し指がゆっくりと上がり、そのまま止まることなく、どんどん指と視界が空に向かっていく。


 そして、幸善は空を見上げたまま唖然とした。


「何だ、これ……?」

「あれ……うえにかべがある……」


 ウィームの声を聞き、幸善は見上げたまま息を呑んだ。ウィームの話を聞き、幸善は半信半疑ながらも『島の天井』と呼称し、漠然とイメージしていたのだが、それは一切間違っていなかった。


 森の果てから岩壁と言える壁が伸びて、島全体をドーム状に取り囲む。それは正しく、島に天井ができている状態だった。

 天井には点々と光が並んでいて、それが島全体の光源となっているようだ。単純な光ではなく、温もりを感じるものだが、遠目に見る分には何が光っているのか良く分からない。


「あれって、いつから?」

「たしか……まえににほんじんがきた……そのあと……」


 奇隠の仙人によるキッドの島の調査。それを終えた直後、島の行方が分からなくなったはずだ。

 その際に島の天井ができたのだとしたら、その行方が分からなくなったことにも、その天井が関わっている可能性がある。


 天井を観察するように眺めたまま、その存在について幸善が考察を進める中、その姿を不思議に思ったのか、不意にウィームが幸善の服を引っ張った。その刺激で考え込んでいたことに気づき、ハッとした幸善は視線を下げる。


「だい、じょうぶ……?」


 少し不安そうに聞いてくるウィームに微笑みかけ、「大丈夫」と答えてから、幸善は森の果てに目を向けた。島の天井はそこから伸びて、島全体を包み込んでいるように見える。


「あの壁の辺りには何があるの?」

「わからない……」

「え?」

「もりのおく…はいったら、だめ……」

「森の奥に?」


 その理由を聞こうとして、幸善はキッドの顔を思い出した。キッドがこの島のどこかにいるということは分かっているが、その居場所がどこであるのかは分からない。


 ただ森の中であると仮定すると、そこに人が寄りつくことは避けたいはずだ。ウィーム達の行動を制限して、自分達の行動範囲に踏み込ませないようにすることは考えられる。


 そうなると、あの島の天井を直接確認することが大切かと幸善は思った。天井の存在もそうだが、天井に見える光源も含めて、気になる要素はかなり多い。

 何より、見るからに閉鎖的に見える空間に、風が吹いている点も幸善は気になった。それらを調べることで、自分がどこにいるのか分かるかもしれない。


 ただそれを調べるのに、ウィームを連れ歩くことは難しい。森の奥に行けないというウィームを無理矢理に連れていくことも、ウィームの目がある状況で向かうことも、できるとは思えない。


 それらの調査はウィームがいない時にすることにして、今はウィームがいるからこそできることをしよう。そう考えた幸善が近くの村人に目を向けた。


「じゃあ、アジ。他の人から少し話を聞きたいから、話せるようにお願いできる?」


 幸善の問いにウィームがこくりと頷き、幸善はウィームと一緒にウィームのいる村を歩き回り始めた。

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