影は潮に紛れて風に伝う(11)

 村巡りで午前中を潰し、諸々の情報から分かったことと分からないことを頭の中に並べた時には、昼を迎えていた。この村でも例外なく、昼食は食べるもので、幸善とウィームは昼食の準備を終えたベネオラに呼ばれる。


 幸善はウィームに手を引かれ、再びログハウスに戻ってから、そこでベネオラの作った昼食を食べ始めたのだが、その間も頭の中では島の天井のことを考えていた。


 できれば、次はあの天井を調べたい。天井は壁として森の奥から伸びているのなら、その根元を見に行きたい。


 だが、ウィームはそこに行ってはいけないと言う。恐らく、キッドが自分達を探られないように、一定の禁足事項を設けているのだろう。


 ウィームが同行しては天井、もとい壁までは行けない。壁に到達するには一人で森に入るしかないだろう。


 問題はそれをウィームが許してくれるかどうかだ。昨日のように幸善の行動が固定された場合、幸善はひたすらに時間を食うばかりで、事態の解決に動けなくなる。どこかでうまく切り捨てないといけないが、その判断は簡単に下せない。


 取り敢えず、ウィームやベネオラがどのように聞いているのか探る必要があるかと幸善は考え、昼食の最中に聞いてみることにした。


「森の奥に入ったらいけないって言ってたよね?」


 外での会話を思い出しながら、幸善がウィームに聞くと、ウィームはパンを咥えたまま、こくりと頷いた。


「森の中に入ったらいけないって言われているの?」


 次にそう聞いてみると、今度はパンを飲み込みながら、小さくかぶりを振った。


「森に入ることはいいんだ?」

「それは…だいじょうぶ……」


 幸善は外で見たばかりの森の姿を思い出す。鬱蒼とした森はその中に佇む村を隔離しているようだった。木々の向こう側は一切、窺えていない。


 そこに一人で踏み出して、無事に戻ってこられるのかどうか。森の中がどうなっているのか。壁まで一直線に向かうことができるのか。そういうことが分かっていない状況で、森の中に入ってみることは不安であるが、そういう不安に目を瞑って、一人で入る以外に調べる方法はないはずだ。


 後は不用意にウィームが追ってくる要素をなくす必要がある。事前に目的と行動範囲を明確化しておくことで、一定の抑止効果はあるはずだ。


「ねえ、アジ。あの森の中を少し見てきても大丈夫かな?この村の近くなら、歩いても問題ないんだよね?」

「ちかくなら、うん……いっしょにいく……?」

「ううん。森の中を歩くくらいなら一人でも大丈夫。夕方までに帰るから」


 範囲に時間、場所を先に告げたことで、ウィームは疑いや不安さを覚えなかったようだ。少しおどおどした様子ながらも、こくりと小さく頷いて、幸善の森への侵入を許可してくれた。


 これで後ろめたさはなくなった。幸善はウィームやベネオラとの昼食を終えると、すぐさまログハウスを出て、森の中へと踏み込んだ。

 外から眺めて想像していたように、森の中は踏み込めば踏み込むほどに変化がなく、向きを間違えたら、一瞬で遭難しそうだ。


 その中で幸善は久しぶりに自分の中を動く仙気に意識を向けた。どのくらいの時間か分からないが、あのログハウスで眠っていたことは確かだ。そのブランクは少し気になったが、仙気の在り方も感覚も、特に大きな変化は見当たらなかった。


 幸善は体内の仙気を動かし、島の天井を見た方角に目を向ける。村との位置関係を間違えないように覚えてから、動かした仙気を足に集めて、爪先に力を入れた。


 ウィームとの約束の時間がある。それまでに帰ってくるためにも、島の天井、もとい島の壁までは最速で向かう。

 前方の木々の位置を確認し、その隙間を狙うように身を動かしてから、幸善は爪先で勢い良く地面を蹴る。


 そこから、一気に森の奥へと移動を始めた。大股での跳躍を繰り返し、木々の間を縫うように進んでいく。


(これで何かが分かるといいんだが……)


 空振りに終わる可能性にだけ怯えながら、幸善は休むことなく、森の奥へと足を動かし続けた。

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