影は潮に紛れて風に伝う(8)

 ウィームやベネオラとの会話から多少の安心感を得られたことで、幸善はウィームの望むようにしばらく休息を取ることにした。


 ここはキッドやその仲間の潜む敵地のど真ん中だ。そこで自由な行動をして、不測の事態を招くことは避けたい。ウィームが同行してくれることで、下手な刺激をしないで済むなら、それに越したことはない。

 それに言語的問題もあって、通訳を頼める人物が必要だった。その候補として、幸善は現状ウィームしか知らないので、ウィームに頼るしかない。


 ウィームとベネオラについても、ここまでの行動を見るに、幸善に敵意を持っている人物ではないことは確かだ。ある程度、気を許しても問題はないだろう。


 そこから、幸善はウィームやベネオラと親睦を深めながら、二人の住むログハウスで夜を迎えていた。外部との連絡が取れない部分は多少気になったが、それを気にして急いた行動を取っても、外部と連絡が取れるとは限らない。


 何より、自分がここに至るまでの経緯を覚えていない幸善としては、外で自分がどのような扱いを受けているか分からない。情報は集められるだけ集めて行動するべきだ。


 窓の外から射し込む光が消え、迎えた夜を実感してから、不意に幸善は目覚めた直後に聞いたウィームの話を思い出していた。


 家から出られたら、真っ先に確認しようと思っていた島の天井のことだが、仮に島に巨大な天井があったとして、夜を迎えるまでに存在していた日の光はどこから来たのだろうか。空が塞がっていたら、普通は今のように暗くなっているはずだ。

 別に太陽と思えるほどの光源があるのだろうか。そう考えたところで、幸善に答えが分かるものでもない。


 気になることは増えていくが、調べる身体は一つだけだ。順番に一つずつ明かしていくしかない。

 それもウィームが動くことを認めてくれてからのことだ。それまでは休むしかないと思い、目を閉じる。


 その次に気づいた時には早朝のことで、幸善は窓の外から射し込む光にノックされ、瞼を開いた。この部屋で同じように目覚めるまで、しばらく幸善は眠っていたはずなのだが、そのことを一切気にしないように、幸善の身体は睡眠を欲したようだ。


 このような状況でぐっすりと眠れた自分に苦い顔をしながら、幸善はベッドから抜け出そうとする。

 ちょうどその時になって、ウィームが様子を見に部屋を訪れた。ウィームは幸善がベッドから抜け出そうとする姿に驚いていたが、幸善は昨日とは違うだろうと思い、朝の挨拶を口にする。


「おはよう」


 それを聞いたウィームがハッとし、おどおどとした様子で口を開いた。


「お、はよう……からだの…ようすは……?」

「ああ、もう大丈夫、元気だよ」


 昨日の時点で部屋から出られるくらいに元気になったと認めてくれたウィームだ。一晩休んだことで、更に元気になったと思ってくれたらしく、安心したように小さな溜め息を漏らしていた。


「よかった……」

「ああ、それで今日は外を見たいんだけど、いいかな?」


 幸善が確認を取るように聞くと、ウィームはおどおどとした様子のまま、部屋の外を頻りに窺い始めた。部屋の外にいるはずのベネオラを探しているのか、ともすれば、幸善が動いたら死ぬと虚偽の報告をしてみせたキッドを探しているのかもしれない。


 ただベネオラに聞くことではない上に、キッドが簡単に姿を見せるとは思えない。実際、そうだったようで、ウィームはゆっくりと部屋の中に視線を戻してから、こくりと小さく頷いた。


「できれば、アジに案内して欲しいんだけど、大丈夫?」


 そう聞いた途端、ウィームはハッとした顔をしたが、すぐにもう一度、こくりと頷いてくれる。取り敢えず、問題だった通訳は任せることができそうだ。


 後は外に何があるのか、誰がいるのか、どういうことが起きるのか、そういうことに対応して動くしかない。難しいことだが、仙人になってからのこれまでも似たようなものだ。今更、音を上げるようなことでもない。


 幸善がこのログハウスの外のことを考えていたら、不意に腹をつく良い匂いが漂ってきた。何かの食べ物の香りだ。

 その匂いを感じたのか、ウィームも同じように振り返った直後、部屋の外からベネオラの声が聞こえてきた。意味は何となくしか分からなかったが、どうやら朝食が完成したらしい。


「あさ、ごはん…たべる……?」


 ウィームの確認に幸善は頷き、ウィームと一緒に部屋を出ていく。

 キッドの島での二日目はこうして始まった。

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