風は轟いて嵐になる(6)
「はあ」
少し離れて隣を歩く水月にも聞こえる大きさで溜め息を漏らし、相亀は面倒臭そうに頭を掻いた。溜め息の由来は水月も推して量るところだ。
申し訳なさそうに苦笑を浮かべながら、水月が相亀に近づこうとした。
「こんなこと頼んでごめんね」
「いや、大丈夫だから。あまり距離を詰め過ぎないでくれ。緊張する」
毅然とした態度で水月の接近を拒むために手を突き出しながら、情けないことを口にする相亀を見て、水月の苦笑は深くなった。
「そろそろ、私くらいは慣れない?」
「慣れない!自信がある!」
何に自信を持っているのだろうか。喉元まで突っ込みたい気持ちが上ってきたが、水月はそれが言葉に変わる前に何とか飲み込んだ。
今の水月はそれを言える立場にない。そのことを改めて思い出させたいわけではないと思うが、タイミング良く、相亀がさっきの溜め息の理由を口にした。
「しかし、自分が逃がしたカエルの妖怪にビビってQ支部を一人で移動できないとか、お前も意外と馬鹿なんだな」
後半の言い方には文句を言いたい気持ちもあったが、前半部分は何一つ間違いがないので、水月に言い返せる言葉はなかった。
水月が相亀にお願いしたことはQ支部の外まで送り届けて欲しいということだった。
理由は簡単で、この前水月が結果的に逃がすことになってしまったカエルの妖怪、アッシュがQ支部のどこかにいる可能性があるからだ。アッシュと偶然にもエンカウントすると、水月はそこから一歩も歩けないどころか、卒倒する危険性もある。
残念なことにQ支部を一人で歩くことは困難な身体になっていた。
「本当。相亀君がいてくれて助かったよ」
水月が心の底からのお礼を口にするが、相亀は特にありがたいと感じていないように見えた。それよりも相亀の意識は水月が一人で歩けない事実の方に向いているようだ。
「つーか、他に人がいない時はどうするんだよ?何とか対策を考えないと、もうQ支部に一人で来れないぞ?」
「そ、そうだよね……」
「まあ、あのカエルが見つかればいいんだろうけど、Q支部の仙人に声をかけて見つからなかったくらいだからな。すぐに見つかるとは思えないよなぁ」
真面目に考え込んでいる様子の相亀に優しさと申し訳なさを感じて、罪悪感に踏み潰されそうになっていたら、その出来事に巻き込まれたもう一人の男が前方から歩いてきた。
『あ』
考え込んでいた相亀と前方から歩いてきた葉様の目が合い、それぞれが同じタイミングで声を出した。水月は軽く手を上げて葉様に挨拶するが、相亀と葉様の表情は少し複雑なものになっている。
「こんなタイミングで疫病神に遭うとは……」
「おい。誰が疫病神だ?」
「暇なのか?Q支部に住まう疫病神め」
「それはこちらの台詞だ。お前らこそ、ずっと逢うが暇なのか?」
「俺達は人型が動き出すまで待つように言われてるんだよ」
「何だ、お前らもか」
「え?葉様君のところもそうなの?」
水月が驚いた声を出すと、葉様の視線が水月に移り、いつもの表情で頷いた。
「この前の人型との戦闘が評価されたらしい」
「ここで戦った奴か。まあ、お前は氷の子供とも戦ってるし、経験は無駄に豊富だからな」
「無駄とは何だ?」
相亀の言い方に不快そうに眉を顰めてから、葉様は相亀と水月の二人を交互に見比べ始めた。
「それで二人はどうして一緒にいるんだ?仕事はないのだろう?」
「その報告を受けて帰るところなの」
「聞けよ、葉様。こいつはこの前のカエルの一件で、Q支部を一人で歩けなくなったらしい」
「……ああ、そういうことか」
葉様の冷ややかな視線が水月に刺さり、水月は表情を歪めた。その時の葉様との会話を思い出し、何とも言えない気まずさを感じる。
「流石にこのままなのも問題だろうと思って、今対処法を考えていたんだけど……」
そう口にする相亀の声が尻すぼみに小さくなっていった。何かあったのだろうかと相亀の視線を追ってみると、葉様の後ろでこちらに歩いてくる人影が見えた。それも水月が顔を知っている人物だ。
「よお、ちょうどいいところにいたなぁ」
背後から聞こえてきた英語に引かれるように葉様が振り返り、水月達三人の視線がそこに立っている人物に集まった。
それはラウド・ディールだった。
「こっち来いよぉ。溜まってんだよぉ。イライラがぁ」
「え?ちょっと待ってください?何ですか!?」
こちらに歩いてきたディールはそのまま相亀の首根っこを掴み、橇のように相亀の身体を引き摺りながら廊下を歩き始める。相亀は必死になって手を伸ばし、水月と葉様に助けを求めていたが、二人にディールを止める術があるはずもなく、相亀は廊下の先に消えていった。
「何だったんだろう……?」
「さあな。憂さ晴らしにでも付き合わされるんじゃないのか?仙術使いに逃げられたと聞くし」
興味なさそうに呟いた葉様だったが、その言葉に水月は引っかかった。
「仙術使い?」
それは水月が聞いたことのない単語だった。
「ああ、11番目の男の仲間と思われる仙術使いの一人と戦って逃げられたらしい」
「ちょっと待って」
水月は咄嗟に葉様に詰め寄り、葉様の肩を掴んでいた。突然の水月の行動に流石の葉様も驚きを顔に出している。
「何だ?」
「11番目の男って、あの11番目の男?パンク・ド・キッドのこと?」
「ああ、そうだが?」
「11番目の男がどこにいるのか分かってるの?」
「何を言ってるんだ?このQ支部に現れた後、太平洋上の島で11番目の男の存在が確認され、その後の行方は分からなくなっているだろう?報告を聞いてないのか?」
葉様に怪訝な視線を向けられながら、葉様から聞いたキッドの話を水月は頭の中で反芻していた。
「ああ……そうなんだ……動き出したんだ、あいつが……」
そう呟き、水月は俯いた。腹の底で水面に浮かんできた泡が割れるような、ゴポッという音が響き渡った。
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