風は轟いて嵐になる(2)

 頼堂家での説明を終え、御柱と羽衣は家の前に止めていた車に乗り込んだ。後部座席に並んで座り、軽くネクタイを緩めながら、御柱は溜め息をつく。


 日本に帰国してから今に至るまで、ほとんど休みなく御柱は動いていた。その状態で今の説明だ。言葉の一つ一つにも気を遣い、精神的な疲労が肉体的な疲労の上に乗っかっていた。流石の御柱でも限界が近づいてくる。


「疲れが溜まっているようだが、それが原因か?」


 隣に座った羽衣が不意に呟き、御柱は怪訝げに視線を向けた。


「生きている可能性があるのかと聞かれた返答。あれは意外な答えだった。もう少し、現実的な返しをすると思っていた。疲れから来る気の迷いか?」


 そのことかと思い、御柱は小さくかぶりを振った。


「正確な言葉のチョイスだったかは分かりませんが、あの場で言ったことに嘘はありません」

「死んでいないと信じていると?」

「もちろん」

「意外だな。情に脆い部分があったのか」

「情?まさか。それを理由に物事を判断することはありません」


 御柱は軽く俯いて、小さく溜め息をついた。羽衣は御柱の確認をしているだけで、実際のところは御柱の考えを読み取っているはずだ。渡されている情報が同じなのだから、そこから読み取る答えも同じものでないといけない。


「頼堂の行方が分からなくなった原因は人型ヒトガタの襲撃です。その人型と一緒に頼堂は飛行機から落下した」

「いくら仙人でも飛行機から落下して助かる仙人は稀だと思うが?」

「それはそうです。頼堂もその中に含まれるかどうかは微妙なところでしょう。人型の妖気が働き、仙術を使えたら別ですが、それも確実とは言えません。状況次第です」

「なら、確定とは言えないな」

「いえ、違います。問題は頼堂の行動ではなく、人型の行動です」


 隣で羽衣が小さく頷いたように見えた。実際に頷いたのかどうかは分からないが、試されていることは確かだろう。


 御柱も羽衣も仙人ではあるが、政府の役人でもある。その立場は奇隠にとって優位であってはならない。中立さも必要だ。その芯がぶれていないか確認されているというところだろう。面倒さに溜め息をついて、御柱は説明を続ける。


「既に人型が頼堂を殺せないことは確認されています。それは単純に手にかけられないのではなく、頼堂に死なれると困るという理由です。その人型が頼堂と一緒に落下した。助けないはずがありません」

「確かに。規格外の人型なら、飛行機からの落下程度は何とかできるかもしれない。ただそうなると」

「頼堂は人型の手中にあるでしょう」


 実際、御柱は幸善が落下してから、すぐに奇隠や政府と連絡を取って、幸善の捜索を開始させた。流石に直後とは言えないが、それでも、かなりの速度で捜索が始まっているはずだ。


 だが、未だに幸善は発見されていない。死んだという確定的な痕跡も見つかっていない。その消え方は普通ではないと考えるべきだろう。


 人型が関与している。そう考えるのが妥当であり、そうなってくると人型が幸善を捕らえている可能性が一番高かった。


「流石にそれくらいのことは考えられるか」

「疲れていても問題はありません」


 羽衣の期待に最低限の答えは見せられたようだと安堵しながら、御柱は帰国してから未だ保留にしていることを思い出した。


「ところで擬似ぎじ人型はどうなっているのですか?」

「正確な報告は後で奇隠に赴くといい。そこで聞かされるだろう。私の耳に入っていることをまとめると、確認された擬似人型は四体。その内、ザ・タイガーと命名された一体が既に討伐された」

「討伐?奇隠が倒したということですか?」

「そういうことだ。恐らく、奇隠の方でデータを取っているんじゃないか?まだこちらには流れてきていない」

「なるほど。状況はそこまで進展しているのですか」

「そうとも言えない」


 羽衣の声のトーンが少し下がり、御柱は思わず眉を顰めた。あまり良くない声色だ。


「直近で起こった擬似人型を中心とする人型との戦闘に、仙術使いとの戦闘。奇隠の行動が民間人に拡大しそうな領域になっていて、こちらで対応が検討され始めている」

「対応?責任の所在ですか?奇隠の存在についてですか?」

「そのどちらも、だ。既に奇隠には圧力がかけられ、Q支部は頭を抱えている頃だろう。場合によっては人型の解決を優先させ、他の問題を後回しにするかもしれない」


 その言い方で御柱は政府が何を考えているのか理解することができた。その考えに対する嫌悪感も湧いてきて、自然と顔が険しくなる。


「そういうことですか……」


 その返答を聞いた羽衣が小さく笑みを零し、窓の外に目を向けながら、ぽつりと呟いた。


「やはり、情に脆い部分があるじゃないか」


 その言葉に御柱は反論しようと思ったが、言葉は口から出てこなかった。

 確かにそうなのかもしれない。そう思いながら、御柱は幸善の顔を思い浮かべていた。

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