風は轟いて嵐になる(3)

 幸善行方不明の一報は頼堂家と奇隠関係者以外にも届いていた。


 かつて幸善の通っていた教室。そこで授業を受ける生徒達にも伝えられ、それを伝えた七実ななみ春馬はるまは険しい顔をした。


 御柱や羽衣が頼堂家でそうしたように、七実も幸善が行方不明になった経緯について、真実を隠して伝えるしかなかった。妖怪や人型というワードを用いるわけにはいかない。それが誠意のある説明だとしても、知らない人達はそこに誠意を感じない。


 ただ、その説明をもしすることができたら、幸善が行方不明と扱われ、未だ死んだと明言されていない説明もすることができる。それは羽衣に試された御柱がやったことだ。


 その考えに七実も至らないはずがなく、その事実を伝えることができないもどかしさに襲われ、七実はもやもやとした気持ちを抱えていた。

 幸善の捜索は今も続けられている。そこに先ほどの理由が加われば、それは幸善が助かる光明だが、理由がない状況で聞いても、ただの気休めにしかならない。


 クラスの何人が幸善の生存を信じて、何人が死んだと悲しみ、何人が気にも留めていないのか。想像したくないパーセンテージで頭の中が一杯になり、七実は溜め息を飲んだ。


 ただ確実に、幸善が行方不明になったことで、感情の揺れに襲われた人物がいると、七実は理解していた。それが少し気にかかり、七実は休み時間を迎えると、ついその人物達に声をかけていた。


 東雲しののめ美子みこ我妻あづまけい久世くぜ界人かいとの三人だ。


「大丈夫か?」


 七実の声に反応し、三人の視線が揃って七実を向いた。元気、と表現できる明るさはないが、七実の想像よりも暗い表情ではない。


「ええ、はい。ご心配ありがとうございます」


 東雲が少し柔らかく笑みを浮かべて、何とかそう口にした。ただ声は僅かに震え、声色も普段より低い。浮かべた笑みは引き攣ったもので、動揺していることは目に見えて分かった。


「正直、まだ整理がついていないだろう。急な知らせだったからな。ただ頼堂は……」


 絶対に帰ってくる。そう断言できるだけの根拠が七実にはあるが、その根拠を伝えるわけにはいかない。

 その中で言い切ってしまうことは、東雲達の気持ちを無駄に揺さ振って、神経を逆撫でする行為になりかねない。七実は口にしかけた言葉を飲み込み、別の一言を用意しようとした。


 しかし、その必要はないと言わんばかりに、東雲が七実の言葉に続ける形で呟いた。


「帰ってきますよ、絶対に。幸善君はちゃんと帰ってきますよ」


 僅かに震えた声だったが、確かな意思をそこに込めて、東雲はそう言い切った。その一言に誰よりも驚いていたのが、七実だった。


 東雲は幸善が行方不明になった本当の理由を知らない。妖怪のことも、人型のことも、幸善との関わりも知らない。

 その中で幸善が行方不明になった経緯を聞いて、幸善が死んでしまったと思うことはあっても、生きているだろうと信じることは難しいことのはずだ。


 そう七実は思っていたのだが、東雲はそういう理屈を飛び越えて、幸善が帰ってくると言い切れるだけの理由を示した。


「だって、約束しましたから。幸善君が行く前に、絶対に帰ってくるって。幸善君は約束を破りませんよ……」


 少しずつ俯きながら、東雲は身体の底から湧いてくる涙を堪えるように、小さな声でそう言い切った。


「東雲さんの言う通りですよ、先生。彼は生きてます。どんなことがあっても、死んでいません。君もそう思うよね?」


 東雲の言ったことに同意を示しながら、久世は我妻に話を振っていた。久世の視線を受けて、我妻は小さく頷く。


「あいつは生きてる。後は待つだけだ」


 東雲も我妻も久世も、幸善が生きていると信じて、幸善が帰ってくると思っている。その中にこそ、幸善はいるべきであって、人型の手中にあって良いはずがない。

 この場所に幸善が帰ってくるように、ちゃんと見つけてあげたい。そのように思いながら、七実は軽く頭を掻く。


 自分はどこまで動けるのか。自分にどこまでのことができるのか。そういうことを考えてみるが、意外にも序列持ちナンバーズは無力だと思うことしか七実にはできなかった。

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