風は轟いて嵐になる(1)
平日の昼間のはずだが、
ただ一人だけ、頼堂家の一員であるはずなのに、その場にいない人物がいた。その人物の顔を思い浮かべながら、ノワールは大人しく千明に抱きかかえられていた。
チャイムが鳴ったのは昼前のことだ。予定通りの時刻だったらしく、千幸はチャイムに驚くことなく、玄関に向かっていた。
来訪者は二人いた。厳格なスーツを身にまとい、挨拶と呼ぶには仰々し過ぎるほどに深々と、千幸に頭を下げていた。
一人は不愛想を袋に詰めて、膨らませて人の形にしたような男だった。頭を下げている間も表情は変わることがなく、人によっては怖い印象を受けそうだ。
もう一人はその男の上司らしき女で、既に千幸と面識があるようだった。男の代わりに軽く会話してから、二人は家の中に招き入れられた。
リビングに顔を出すと、そこで待っていた善明と千明に向かって、二人は再度、頭を下げた。善明はそれに答えるように軽く頭を下げてから、テーブルを挟んだ向かいにあるソファーを手で示した。その仕草を見て、二人の訪問者はそこに腰を下ろした。
男は
何の説明かと疑問に思うものはそこにいなかった。全員がその説明を聞くためにこの部屋の中で待っていたのだから。
持ち込んだ書類をテーブルの上に並べてから、御柱と羽衣は二人で説明を始める。
本来なら、この家にいなければいけないもう一人の人物。頼堂
千幸と善明に書類を見せながら、二人は直接的な原因となったものが飛行機事故だと説明していた。帰国のために乗り込んだ飛行機で事故に巻き込まれ、幸善の行方が分からなくなったそうだ。
遥か上空を飛ぶ飛行機での事故だ。そこで何かが起きたのなら、幸善が助かる可能性はないように思えるのだが、御柱も羽衣も決して幸善が死亡した断言することはなかった。
未だに捜索を続けているそうで、一向に幸善は発見できていないらしい。それは生死に関係なく、幸善の身体は見つかっていないという意味だろう。
それもそうだろうとノワールは思う。上空で事故に巻き込まれ、幸善の身体が落下したとして、そのまま無事である保証はどこにもない。着水と同時に身体が四散していてもおかしくない話だ。
ノワールを抱く千明の腕の力が強くなった。改めて話を聞いたことで、幸善の生存がどれだけ絶望的か理解してしまったようだ。ノワールの顔に冷たい感触が触れ、ノワールは途端に動けなくなる。
千幸と善明の表情も見えなかったが、僅かに聞こえる千幸の相槌の声も、次第に震えているように思えた。身体も僅かに震えているように見える。
「本当に幸善はまだ生きている可能性があるのですか?」
御柱と羽衣が事故の経緯を説明し終えたところで、書類に目を通していた善明がそのように疑問を投げかけていた。存在しない希望なら持つだけ不幸である。既に死んでいるなら、死んでいると直接言われた方がいいと思ったのかもしれない。
「お父さん……」
千幸が少し怒ったように声を出したが、善明はそれに反応することなく、御柱と羽衣の返答を待っていた。その視線を受けて、御柱と羽衣は少し黙っている。
「状況だけを見ると、生存確率は低いと言えます」
ゆっくりと口を開いた御柱がそのように答え、千幸がついに堪え切れなかったのか、僅かに呻きながら肩を大きく震わせている。
「ただ私は彼が生きていると思っています」
「それはどうして?」
御柱の言葉に善明は震えた声で不思議そうに疑問を口にした。
「彼の旅に同行した者として、あの彼が死んだとは到底思えません。ここで死んでいい人間であるはずがありません」
強く断言する口調で御柱はそのように言った。その言葉に驚いたのか、千明の腕が僅かに緩んでいる。
戯言だ。ノワールは心の中で思ったが、それを口にすることはなかった。
「ありがとうございます……」
そう震えた声で口にする千幸と善明の姿に、その戯言も悪くないのかと、ノワールは思うことにする。
それから、幸善の顔を思い浮かべ、ノワールは目を瞑った。いろいろと思ったが、ノワールは御柱が口にしたことと同じように何となく思っていることがあった。
幸善は殺しても死ぬような人間ではない。多分、生きているだろう。
それを千明に言えたらいいのだが、と思いながら、ノワールは言葉を飲み込んだ。
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