帰る彼と話したい(9)

 ばら撒かれた花粉は仙気の感知を阻害していた。それによってディールは意識を向けていたはずが、背後にできた草原に気づくことができなかった。


 そのことに気づいた瞬間、ディールは花粉に対する警戒をやめて、クリスがこれ以上の小細工をできないように、一瞬で片をつけようと動き出した。


 だが、ここで一つ、思考の欠落が生まれてしまったことに、ディールは拳を振る直前、ようやく気づいた。


 確かに花粉は仙気の感知を阻害するためにばら撒かれたのかもしれない。それなら、この場合に重要となるのは、ばら撒かれた花粉ではなく、その状況下で生まれた草原の意味だ。端から花が咲いていく光景も含めて、そこに何かしらの意味がないと、阻害してまで広げる理由がない。


 そのことに気づいた時に、ディールの拳がクリスに向かっている最中で、クリスはその拳を恐れることなく、足元の雑草を撫でた。


 瞬間、雑草が蕾を作り、小さな花を咲かせ、その花が最初の巨大な花と同じように膨らんだ。ポンという音と共に破裂して、その先端から花粉をばら撒いたかと思うと、それを合図にしたように背後の草原で一斉に花が膨れて、同じように花粉を飛ばす。


 その連鎖がディールの踏み込みや拳を振るう動きよりも速く行われ、ディールの拳がようやくクリスに当たるという直前、ディールは猛烈な音で耳を貫かれ、耐え切れない風に背中を押された。


 背後で何が起こったのか、一瞬、理解することができないまま、クリスを殴ろうとした体勢を大きく崩し、ディールはクリスの背後に転がっていく。


 変化の起因は花粉だった。最初にばら撒かれた花粉は確かに仙気の感知を阻害するものだったが、次に草原の生み出した花粉はそうではなかった。最初の花粉よりも少量だったが、それらは最初の花粉の中に浸透し、それらは混ざり合おうとした。


 そこで拒絶するように、混ざり合いかけた端から爆発が起きた。その爆風に吹き飛ばされ、ディールは地面を転がることになったのだ。


 嫌な温みが背中を包み、ディールは現象が起きた理由までは分からないでも、爆発が起きたという事実だけは認識した。痛みは大したことないが、それはクリスを殴るために、爆発の中心から離れたからだ。

 直撃を受けていても、同じ状態だったかは定かではない。


 元より仙術を相手にする時点で、一定の覚悟はしていた。仙術は仙技と比べて、多様性に富んだ力だ。その幅は想像のつくものではない。相手の状況、自身のコンディション、その場の環境、味方の有無等の仙技を使う上では、変えられない条件まで考慮し、仙術は対応することができる。


 その力が驚異的でないわけがない。それはディールから見ても当たり前のことだ。


 だが、だからと言って、それがどうしたのかとディールは思った。仙術と言っても、所詮は小細工の塊だ。ディールの信念からすると、そんなものが自分の強さを超えられるはずがない。


 無駄な足掻きだ。ディールはそう思いながら立ち上がり、クリスを見ようとした。


 しかし、そこでディールは立ち上がろうとする自身の身体に、植物がまとわりついていることに気づいた。コンクリートを割って、地面の下から伸びてきた植物が、ディールの身体を支柱にして、この瞬間にも伸びようとしているようだ。


「何だ、これはぁ?」


 そう呟いた直後、伸びた植物に花が咲いた。また花粉かとディールは思ったが、特に花から何かが生まれることはなく、代わりに別の場所にまた花が咲く。それが二度三度と続いて、ディールは不意に思い出すことがあった。


 ここに至るまでに目を通した事前報告の中に、確か似た報告があった。まとわりついた植物に花が咲き、まとわりつかれた報告者は体内の仙気が減少していることに気づいたらしい。


 要するに、この植物は仙気を栄養とし、それで花を咲かせているということだ。花が咲けば咲くほどに、ディールの仙気が奪われていることを意味している。


「また小細工かぁ」


 ディールはそう呟きながら、両手両足を大きく振り払った。植物はかなり丈夫で、本来は刃物などを用いて切断しないと切れないはずなのだが、その常識はディールの前では通用しなかったようだ。ディールが両手両足を振り払った端から、植物は千切れていった。


「こんな物がどうしたぁ?」


 まとわりついた植物を全て引き千切ってから、ディールはそこに咲いた花を踏み潰し、クリスに目を向けようとする。


 しかし、気づいた時にはクリスの姿がなく、ディールは眉を顰めた。


「逃げたかぁ?」


 そう思ったディールが周囲に目を向けようとした瞬間、今度はさっきよりも巨大で、最初に地面から生えた植物に等しい大きさの植物が、ディールを取り囲うように生えてきた。その植物はディールに絡まり、巨大な大蛇のようにディールの身体を締めつける。


「ああぁ?何だぁ、こいつはぁ?」

「純粋な殴り合いを求めているなら残念だけど、私はそういうのを相手にできるほど強くないの。だから、全部、絞り取らせてもらうわ」


 植物が強く身体を締めつけると同時に、身体から力が少し抜けて、植物の側面に大きな花が咲くのが見えた。


 体感できるほどにしっかりと仙気が奪われている。その事実に気づいたディールが口元に笑みを浮かべ、自身の近くに姿を見せたクリスを見やる。


「だからぁ……小細工で勝てると思うなぁ!」


 その呟きと同時にディールは植物の中で軽く足を持ち上げて、そのまま落下させるように地面を蹴った。


 瞬間、ディールの立っている場所を中心にコンクリートが崩れ、その場に巨大なクレーターが誕生した。

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