許可も取らずに食って帰る(14)
思い返せば、豚舎にはブルーシートがかけられ、その下にはザ・タイガーの侵入口が隠されていた。
豚舎の耐久性はその時点から、既に通常より脆くなっていたと考えるべきだろう。
それなのに豚舎の内部で戦闘が発生し、豚舎が辛うじて保っていた耐久度も、着実に削られることになった。
特に浅河と有間はザ・タイガーに吹き飛ばされ、豚舎の壁に衝突している。浅河は衝突しただけだが、有間に至っては壁まで破壊してしまった。
豚舎は既に限界を迎えかけていたのだろう。
そして、止めを刺すように浅河の仙技による一撃が炸裂し、それは大きな爆発を起こした。
弾数に優れた美藤とは対照的に、一発の威力に定評のある浅河の一撃だ。ザ・タイガーの頭部だけでなく、豚舎にも十分なダメージを与え、ついに豚舎は耐え切れなくなった。
視界の中を上から下に瓦礫が通過し、美藤は視線を上げた。
倒壊する。降り注ぐ瓦礫を見ながら、そう思った美藤の視線は、次に有間と皐月に向いた。有間は出血からか意識が朦朧とし、皐月は完全に意識を失った状態で倒れている。
このまま、倒壊する豚舎の中に放置したら、二人の身体がスクラップにされることは間違いない。
移動させる。少し頭を過ったが、二人の人間を抱えて移動できるほど、美藤は怪力ではない。それは仙気を用いても同じことだ。
そう思ったことで、別の案が頭を過った。確実とは言えないが、移動させるよりも現実的であり、美藤はそれしかないと考える。
何より、崩れ落ちる瓦礫の中で、何度も思案できるほどの時間はなかった。
美藤は身体を起こし、倒れ込んだ皐月に手を伸ばし、皐月の身体を手元に引き寄せた。朦朧とした意識の中でも、必死に起き上がろうとする有間を押さえ込み、手元に引き寄せた皐月を内側に抱え込む。
美藤はそのまま身体を丸めて、自身の身体をかまくらのように、有間と皐月を包み込む壁とした。
瞬間、落下する瓦礫が美藤の背中に着弾し、それに続けと言わんばかりに、天井の一部が降り注いできた。
仙気によって肉体の保護自体は行っている。二人を抱えるほどの怪力は作れなくても、瓦礫に耐え得る身体くらいなら、仙気の使い方で何とかなるはずだ。
後は当たり所が悪くないことを祈るだけ。美藤は身体を丸めて、せめて急所だけは守ろうと、自身の頭を抱え込んだ。
豚舎の倒壊が始まってからしばらく、美藤はゆっくりと身体を起こして、背中に乗っている瓦礫を払い落とした。
豚舎は壁の一部を残し、ほとんどが崩れ落ちてしまったが、何とか美藤達は助かったようだ。自身が覆っていた有間と皐月を確認し、美藤はほっと胸を撫で下ろして微笑んだ。
それから、爆発の原因となった浅河を確認していないことを思い出し、頭を振った。浅河はどこにいるのかと、瓦礫の山の中を見回ろうとする。
しかし、背中に受けたダメージは完璧に消せるものではなかったようで、視線を向けようとした直後、美藤は背中の痛みに顔を歪めて、身体を竦めた。
少しだけでも身体を動かしたら、ズキズキとした痛みが背中全体を支配し、息が苦しくなる。
何とか痛みに耐えながら、深呼吸を繰り返すことで、呼吸自体はできるが、身体を動かすことは難しい。
そう思った直後、近くで瓦礫が崩れる音がした。瓦礫の中から何かが這い出てきたようだ。視界の端に影が見える。
浅河とザ・タイガー。候補が頭の中で二つ浮かび、美藤は痛みに顔を歪めながらも、音のする方に目を向けた。
背中全体を襲う痛みに苦しみ、必死に深呼吸を繰り返しながら、美藤はその場に立った人物を目で捉え、安堵したように崩れ落ちる。
そこに立っていたのは浅河だった。
「ひ……とみ……ちゃん……」
荒い呼吸の隙間で声を出し、それに反応するように浅河が一歩踏み出した。
その瞬間、浅河の背後で瓦礫が大きく持ち上がり、その下からザ・タイガーが姿を現した。
浅河の仙技を直接受けただけあって、頭は大きく爛れ、覆っていた毛も吹き飛んでいるが、それでも意識を奪うほどではなかったようだ。
ザ・タイガーは血走った目で浅河を睨み、その姿に美藤は言葉を失った。
「あ……」
痛みに耐えながら、何とか出せた声がそれだった。
浅河も瓦礫の崩れる音に反応し、振り返っているが、元からザ・タイガーの攻撃でダメージを受けている身体だ。すぐに対応できるとは思えない。
ザ・タイガーの身体が動き出す。振り上げられる拳から氷は既に失われているが、怪我を負った浅河には、その拳だけで十分のはずだ。
やめて。頭の中で願っても、声にはならない言葉を発し、美藤は身体を動かそうとした。
しかし、そのような動きも間に合うはずがなく、ザ・タイガーの拳は無情に振り下ろされる。
その直前、美藤はザ・タイガーの背後で、表面をキラキラと輝かせた何かが浮かんでいることに気づいた。
一瞬、ザ・タイガーの氷が漂っているのかと思ったが、それにしては大きく、空中を漂う動きは氷の物とは思えなかった。
ザ・タイガーの拳が振り下ろされた瞬間、それがザ・タイガーの身体にぶつかり、その時になって美藤はそれが何であるのか理解する。
シャボン玉。シャボン玉が飛んでいる。
そう思った次の瞬間、拳を振り下ろしたザ・タイガーが忽然と消えた。
「あ……れ……?」
その光景に疑問を覚えるのも束の間、ザ・タイガーによる一撃が未遂に終わり、浅河が助かったという実感に襲われると、美藤は全身を襲う安堵感に意識を奪われることになった。
有間や皐月に寄り添うように、美藤はゆっくりと倒れ込む。浅河も美藤と同じく安堵したのか、倒れ込んだ美藤の視界の端で、同じようにゆっくりと倒れ込んでいた。
最後、瞼をゆっくりと閉じる直前、美藤の耳に飛び込んできた声は、豚舎まで案内してくれた教師のものだった。
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