許可も取らずに食って帰る(1)

 日本に出現した情報不明の妖怪は全部で四体確認された。四体全てが人間と何らかの生物を掛け合わせた見た目をしており、奇隠はそれら妖怪を擬似ぎじ人型ヒトガタと命名し、新たな脅威として考えることに決定した。


 その内の一体、見た目の特徴からザ・フライと識別名をつけられた擬似人型と戦い、辛くも生き残った相亀あいがめ弦次げんじは、そのザ・フライとの再戦を希望していたが、擬似人型が再び姿を現すことがないまま、既に数日が経過していた。


 椋居むくい千種ちくさに怪我を負わせた復讐と言えば、少し聞こえが悪くなるが、ザ・フライが人間にとっての脅威になる以上、急いで倒すに越したことはない。


 そして、できればザ・フライを倒す拳は自分の物でありたい。


 そう頭の中で考えていたら、不意に目の前をゆらゆらと通り過ぎるものが現れ、相亀の耳にゆっくりと声が届いた。


「おーい、相亀君?聞いてる?」


 そう言われ、ようやく我に返った相亀が少し驚き、身体を逸らしながら、自分の顔を覗き込んでいた水月みなづき悠花ゆうかを見た。


「どうしたの?また考えごと?」


 そう言いながら、水月が一歩離れ、相亀はようやく落ちついて息を吐いた。


「ああ、まあ」

「椋居君のこと?」

「ち……いや…そう、だな……」


 一瞬否定しかけたが、相亀の思考の根本的な部分にいるのは椋居だ。椋居が怪我を負っていなければ、相亀は逃がしたザ・フライのことをここまで考えていなかっただろう。

 それはこれまでの経験が証明していることだ。


「どんな調子なの?」

「怪我自体は大分治ってきたそうだ。しばらくしたら、腕の方からリハビリを始めるらしい」

「そう。ちゃんと治るといいね」

「大丈夫だ。椋居なら、きっと」


 そう断言しながら、相亀は頭の中を整理していた。


 ここはQ支部の廊下だ。相亀は水月と約束し、ここで話しながら歩いている最中に、擬似人型の話が出て、思考が吹き飛んだ。


 だが、元々はそういう話をするつもりではなかった。そう思い出していたら、話を戻すように水月が口にした。


「それで、学校の方はどう?」


 学校生活を聞くような台詞だが、実際に学校生活を聞かれているわけではない。水月の聞く学校とはそこに通う生徒を対象にした相亀の調べ物のことだ。

 それをちゃんと理解していた相亀はゆっくりとかぶりを振った。


頼堂らいどうの周辺だが、特に変わった様子はなし。東雲しののめ達も頼堂がまだ帰ってこないことで暗い雰囲気を見せることはあるが、それ以外に動きは見えない」

「そっか……なら、やっぱり、頼堂君の周囲にはいないのかもね」


 頼堂幸善ゆきよしの周辺に人型がいる可能性がある。そう考え、相亀は幸善の幼馴染である東雲美子みこ達を中心に調査を始めてみたが、数日が経過しても特に情報と言える情報はなく、幸善の周囲に人型がいるかどうかという疑問について、否定も肯定もできない状態に陥っていた。


「気になる点としては、擬似人型との戦いがあった時の動きだ。あの時は頼堂じゃなくて、俺を狙って、あの場所にザ・フライが現れたように思えた。もしかしたら、頼堂だけじゃなく、俺達にも監視がついているのか、もしくは頼堂の妹の方についている可能性がある。そうなったら、俺達の知り合いとか、頼堂の家の近所も考えないといけなくなってくるから、学校に絞るのは愚策かもしれない」

「ああ~、確かに。相亀君が襲われたんだもんね。頼堂君というよりも、頼堂君の周りが監視対象になっていて、それが監視できる位置に人型が潜んでいるのかもしれないね」

「流石に奇隠の中は考えづらいと思うから、外だとは思うんだが……頼堂と俺の共通点ってなると、やっぱり学校しか思いつかないんだよな」


 相亀と水月は揃って考え込むように顔を上げ、しばらく天井を見つめてから、水月がゆっくりと首肯した。


「頼堂君と相亀君の共通点に絞るとそうだね。ただ妹さんの可能性もあるって言ってたよね?そっちなら、もう少し広がるんじゃない?」

「そっちはそっちで広がり過ぎ。頼堂家の周辺、妹の交友関係、親まで判定に入ると、その仕事先とか、親戚まで最悪調べないと完全白と断定するのは難しくなる。俺一人じゃ絶対に無理。水月を入れても絶対に無理。そのレベルだぞ?」

「ああぁ……それは厳しいね……」


 苦笑いを浮かべる水月の隣で、相亀は廊下を眺めるように視線を下げながら、じっと考え込んでいた。


 どこでどういう形で幸善を追っているのか分からないが、それが原因で椋居の怪我に繋がったのなら、その隠れた人型には絶対に見つかってもらわないといけない。

 ザ・フライと同じく、その人型は相亀が絶対にぶっ飛ばしたいと思うほどの相手だ。


 そのように相亀の思考が再び吹き飛んだことで、相亀は自身に近づいてくる影が三つあることに気づかなかった。先に気づいた水月は苦笑するが、それにも気づくことはなく、相亀は顔を伏せていた。


「何?廊下の真ん中で考えごと?」


 その声と共に相亀の視界一杯に顔が現れ、相亀の思考と視線が停止した。横から不意に視界に入ってきた顔が誰であるのか、一瞬、相亀は理解できなかったが、それが女性であることはすぐに理解し、相亀の頭は一瞬で沸騰した。


 その直後、相亀の肩に腕が回され、相亀は首を回した。


「深刻なことなら、私達も一緒に考えてあげようか?」


 そのように小さく揶揄うような笑いを浮かべながら、小首を傾げたロングヘアーの少女を見て、相亀は大きく跳び上がった。


「うおぉぅうぉい!?」

「凄い叫び声」


 その冷静な声が聞こえ、相亀は飛び退いた先で、自分の周りを囲んでいた三人の少女を見た。


 それは有間ありま隊に所属する美藤びとうしずく浅河あさかわ仁海ひとみ皐月さつき凛子りんこの三名だった。

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