許可も取らずに食って帰る(2)

 息を吐き出すのも気をつけないと、飛び出しそうになるほどに心臓が大きく鼓動していた。相亀はそれを必死に押さえながら、何とか作った抗議の目を美藤達に向けたが、美藤は朗らかに笑うだけだった。


「顔まっかっか」

「いつになったら慣れるのよ?」


 呆れた顔で浅河が言ってきたが、それに対しては絶対的な自信があった。


「慣れねぇーよ!?」

「何その自信?」


 呆れに蔑みの混じった目で見られながら、相亀は何とか高鳴る心臓を押さえつけようとした。周囲の空気を一人で換気しようとしているように、必死になって深呼吸を繰り返す。


 その相亀を楽しそうに笑いながら見る美藤と、呆れを隠さない浅河の隣で、相亀には興味がないと言わんばかりに、皐月が水月に話しかけた。


「廊下の真ん中だと邪魔」

「ああ、確かに。ごめんなさい。ちょっと話し込んでしまって」

「なになに?恋バナ?」


 美藤が目を輝かせながら聞くが、そのような会話であるはずもなく、水月はかぶりを振る。


「実はちょっと調べていることがあって」

「どうせ、妖怪に関することでしょう?」


 浅河の指摘は鋭く、水月は首肯していた。美藤はつまらなさそうに唇を尖らせているが、浅河は廊下の真ん中で話し込むほどの話が何か、少し興味を持った様子だった。


「それでどういう話?聞いているよ、例の擬似人型と戦ったって」


 浅河が相亀に目を向けながら、そう言った。最初に出現した四体の擬似人型の内、ザ・フライと呼ばれる個体が相亀と戦闘したことは情報として知れ渡っている。


 そこから、擬似人型に関する話をしていたと浅河は考え、その情報を引き出そうと思ったようだ。

 だが、残念なことに今回の話に擬似人型は関係なかった。


「そのことじゃないの。話してたのは、擬似人型じゃなくて、本当の人型の方」

「どういうこと?人型の動きはあれから観測されていないはずだけど?」


 浅河の言う通り、人型はQ支部を襲撃した一件から、一切の動きが見えていなかった。唯一確認された動きが先に言った擬似人型の登場で、それも本当に人型が絡んでいるのか、別の要因から発生した別の事象なのか、奇隠は判断しかねている状態だ。


「実はあの一件から気になっていることがあって――」


 そこから、水月が美藤達三人に現在調べている可能性の話をし始めた。幸善の周囲に人型が潜み、幸善を常に監視していた可能性だ。


 その説明を水月が進めている間に、相亀は何とか瀕死の状態から回復することができた。普通に会話できる程度には、心臓の動きも落ちついている。


「それで相亀君が頼堂君の周りを調べているんだけど」

「その中で擬似人型の襲撃があったんだ。あれが人型の関わったことなら、俺の周りか、頼堂の家族の周りに、人型の監視がいるかもしれない。そうなったら、俺達だけで調べることは難しいって考えていた時に、襲撃があった」


 相亀が美藤達を指差し、憎らしそうな口調で言った。美藤達を敵と認定する言い方だったが、美藤は変わらず朗らかに笑い、浅河は溜め息一つ吐くだけだった。皐月は自分達に向けられた指を掴み、脇に退けようとした瞬間、相亀が慌てて手を引っ込めている。


「何するんだよ!?」

「人を指差さない」

「そ、それは……ごめんなさい」


 素直に謝った相亀を見て、美藤だけでなく、浅河も堪え切れなかったように笑い出した。相亀の顔は別の意味で真っ赤になるが、言い返しても恥の上塗りになるだけだと悟り、誤魔化すように咳をする。


「そういうわけだから、こっちはいろいろと考える必要があるんだよ。とっとと去ってくれ」

「まあまあ、そう邪険に扱わない。ほら、考えられることなら、私達も協力するから」


 相亀は犬でも追い払うように、顔の前で手を払いながら言ったが、美藤はそれを気にする素振りも見せなかった。相亀を宥めるような口調で、柔らかな笑みを浮かべながら、相亀に手を差し伸べてくる。


 その姿に相亀は表情を引き攣らせた。自分が宥められる理由が分からない上に、本当に美藤達は邪魔である。できれば、即刻退場して欲しいのだが、退場する気配がない。


「ちなみに調べたクラスメイトってどんな感じだったの?」


 浅河が相亀ではなく、水月に質問し、水月は考えるように上を向いた。まさか、答えるつもりかと恐れる相亀の前で、水月は幸善のクラスメイトや東雲達のことを説明していく。


「ただ付き合いの長さ的に可能性は薄いかなって思ってる。流石にそれだけ前から、人型が周りにいるとは思えないし」

「まあ、そうだよね。小さい頃から見張るくらいなら、とっとと行動したらいいだけだし」

「いや、何でお前らも普通に交じってるんだ?」


 相亀は水月と一緒に考え始めた美藤や浅河の姿に困惑を隠せなかったが、相亀の疑問に答える者は一人もいなかった。


 それどころか、そこに皐月も加わり、四人で考え始めた姿を見て、相亀は完全に言葉を失ってしまう。この状況こそ、さっきよりも邪魔であるはずなのだが、そのことに誰も気づかない。


「つーか、気になったんだけど、何で三人はここにいたんだよ?Q支部の中を散歩してたのか?」


 考え込む四人を見ながら、相亀が疑問に思ったことを口にすると、浅河が少し考え、何かを思い出したようにハッとしていた。


「そういえば、仕事の呼び出し受けてたんだった。雫、凛子。沙雪さゆきちゃんが泣き出すから行くよ」


 浅河に声をかけられ、二人も目的を思い出したのか、大人しく浅河の言葉に頷いていた。


「じゃあね、二人共。頑張ってね」

「人手が必要なら連絡しなよ」

「暇だったら手伝う」


 三者三様の激励の言葉を残し、立ち去る三人を相亀と水月は見送る。


「何だったんだよ、あれ?」


 そう呟いた相亀の懐でスマホが震え、相亀がスマホを取り出した瞬間、隣で水月も同じようにスマホを手に取っていた。その揃い方にまさかと思い、二人が同時にスマホを見ると、そこに届いた連絡は想像通りのものだった。


「俺達も仕事か」


 そう呟くことになった連絡は冲方うぶかたれんからのものだった。

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