五月蝿く聞くより目を光らす(20)

 男は長髪を後ろで括り、髪の束を前に垂れ流すように肩にかけていた。その髪の隣には、小さなシャボン玉が浮かび、ふわふわと男の頭につくように移動する。


「帰ったか」


 男が扉を開けると、部屋の中にいた屈強な男が口を開いた。仁王像の片割れのような見た目をした男で、その視線は長髪の男のシャボン玉に向けられていた。


「モドキはどうだ?」


 屈強な男の質問に長髪の男は首を竦めた。それから、頭の隣に浮かんでいたシャボン玉の一つに指を向け、そのまま屈強な男に向かって払うように指を動かす。


「固有スペックは聞いていた通りだったね。特に速度はモドキの特徴としても聞いていたようなものだったよ。そこは良かったけど、肝心なところがダメだね」


 目の前まで滑るように飛んでくるシャボン玉を見ながら、屈強な男は眉を顰めていた。肝心なところという言い方が気になったようだ。

 シャボン玉が屈強な男の目の前で停止した直後、その表情を見ていた長髪の男が自分のこめかみに指を当てる。


「ここだよ。知能というか、知性というか、とにかく頭の発達が遅れているね。TYPE-3以降はそれ以前と違って、学習能力が欠如しているよ」

「TYPE-2以前ほどの知性は育っていないか」

「最低限の意思疎通は取れるし、撤退の合図にも従ってくれるけど、戦闘中に考えて行動できるほどの頭はない感じだったよ。同じ行動の繰り返し、自身の妖術をほとんど生かせていない。今回は相手が未熟だったり、他に人質になり得る相手がいる状況で使ったりしたから、何とか生きて帰ってきたけど、相手が準備する次回以降、機能するかは難しいね」


 長髪の男は頭の隣に浮かんだ他のシャボン玉にも指を向けていた。一つ、二つと最初のシャボン玉と同じように指で払い、屈強な男の前まで移動させる。


 それらシャボン玉の行きつく先で、最初に届いたシャボン玉の中を覗き込んでいた屈強な男が、機嫌を悪くしたように唐突に眉を顰めた。


「左腕がないな」

「仙人に捕まって、自分で引き千切っていたよ。もう片方の腕も最後に折られてる」

「TYPE-3はしばらく使えないか。なら、いい」

「ん?その言い方気になるね。何か使う予定でもあった?」


 目の前に追って送られた二つのシャボン玉も到着し、その中身を確認しながら、屈強な男が口を開いた。


「No.17が動くそうだ。耳持ちの回収ができるかもしれない。TYPE-0とTYPE-3を連れていくつもりだったが、TYPE-3が動けないのなら仕方ない。TYPE-0だけ連れていく」

「え?何?No.7が動くの?それなら、残りのモドキのテストはどうするのさ?」

「TYPE-3とTYPE-4は引き続き、ここで試験を進める。お前が進めろ」

「残りの四体は?」

「残りはNo.2が引き取りに来る。他の場所で試験を進めるか、試験完了になるのかはNo.0が決めるのだろう」

「まあ、TYPE-1とTYPE-2はそうなりそうだよね」


 納得したように呟く長髪の男だったが、それとは対照的に屈強な男は納得していない顔をしていた。


「No.16?何をしている?まだTYPE-4が戻っていないが?」


 屈強な男の前にはシャボン玉が三つ浮かんでいるのだが、本来はそこにシャボン玉が四つ浮かんでいるはずだった。


 実際、長髪の男の頭の隣には、もう一つのシャボン玉が浮かんでいるのだが、他の三つと違って、その一つは中身が空だった。


 それを知らせるように、長髪の男が残ったシャボン玉を割ると、屈強な男が不快そうに眉を顰めた。


「何をしている?」

「いやー、TYPE-4は他の三体と違って自由過ぎたよね。一応、見てはいたんだけど、TYPE-3のテスト中に気づいたら、割れちゃって、それで逃げられたよね」


 笑い声を上げながら、長髪の男は答えたが、屈強な男は微塵も笑うことなく、ゆっくりと長髪の男に近づいてきた。

 その身体が近づく度に、長髪の男の笑い声は小さくなり、やがて完全に引き攣った顔から、微かに笑い声だったものが漏れるだけになった。


「No.16。現状、我々に残された戦力を失いたくない。その意味は分かるか?」


 屈強な男の視線に長髪の男は小さく頷いた。それを確認した男が納得したのか振り返り、浮かんでいた三つのシャボン玉に近づいていく。


 それらに一斉に触れた瞬間、その中に入っていた人形のように小さな人間が膨らみ、等身大の人間としてその場に落ちた。それらは全て人間と呼ぶには奇怪な頭部や胴部を持ち、屈強な男の前でゆっくりと立ち上がっていく。


「TYPE-0を連れて出発するまで時間がある。それが猶予だ」


 屈強な男の一言に長髪の男は息を呑み、ゆっくりと頷いた。

 その後、時間を惜しむように、すぐにその部屋を後にした。

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