五月蝿く聞くより目を光らす(6)

 連絡を受けた時は耳を疑った。信じたくない気持ちが膨らみ、質の悪い冗談を聞かされたと思い込もうとした。


 一人ではあまりに怖くて、妹を連れ立って家を出ることにして、言われた目的地に向かいながらも、どこかでさっきの話は嘘であると言われるのではないかと期待する自分がいた。


 しかし、辿りついた先には信じたくないと思っていた光景が、頭の中に湧いてきたイメージのまま広がっていた。


 台の上に乗せられた何かを覆っている布が捲られる。その布の下から現れたものを覗き込み、そこで完璧に言葉を失う。


 それは間違いなく、鈴木すずき蕪人かぶとの遺体だった。


 その姿を確認し、愛香まなか一澄ひずみはゆっくりと崩れ落ちた。甘い希望も完璧に崩れ、突きつけられた現実を、未だ完全に受け入れることはできそうになかった。

 言葉を失い、立つ力すらも失い、目からはゆっくりと涙が零れ、一澄はもう他のことは何も考えられなかった。


 その一澄に同行し、この場所にやってきた愛香四織しおりも、それらの光景に立ち尽くしていた。恋人である一澄と比べたら、その差は歴然かもしれないが、愛香も関わりのある鈴木の死に動揺していた。


 どうして、鈴木は死ななければならなかったのか。その疑問を当たり前に懐き、愛香はその場にいた警察官に訊ねてみたが、鈴木の死因ははっきりと分かっていないそうだった。

 外傷自体はあるので、それが原因かと思われたそうだが、その傷が死に直結したと考えるには、傷の状態や身体の状態がおかしいらしい。

 傷のつき方から他殺であることは確定的なのだが、その手段が一切分からないらしく、これから更に調べてもらうそうだ。


 その話を聞きながら、愛香は再び鈴木の遺体に目を向けていた。愛香の知る鈴木はとても優しく、人に恨まれるような人ではなかった。

 その鈴木が誰かに殺されるなど、愛香には微塵も想像できなかった。


 もしも、本当に鈴木が誰かに殺害されたのなら、その犯人を許してはいけない。絶対に見つけ出さないといけない。


 その思いから、警察官に犯人を絶対に見つけるように頼み込もうとした時、愛香の前に一人の男が現れた。

 それは胡散臭さを煮詰めて作ったような男で、第一印象は詐欺師かと思った。


 だが、どうやら、その人物は詐欺師ではなかったようで、万屋よろずや時宗ときむねと名乗り、さっき警察官が言っていた鈴木の遺体を調べに来た人物のようだ。


 その胡散臭さに本当に大丈夫なのかと愛香が思っていると、その万屋と一緒に来ていた人物と目が合い、愛香の身体は固まった。


 その人物は近くにいる警察官が逮捕しない方が不思議なほどに悪人面をしていた。目を合わせただけで今にも襲われそうで、胡散臭い万屋と共に犯罪者が並んでいるようにしか見えない。


 しかし、その人物もどうやら犯罪者ではないらしく、牛梁うしばりあかねという万屋の助手らしい。


「遺体を運びますか?」


 警察官が手を貸そうと思ったのか、万屋にそう声をかけていたが、万屋は片手を伸ばし、「嫌、いい」と軽く制した。


「これ以上、遺体を傷つけるつもりはない。素早く、正確に、死因を突き止める」


 そう宣言し、万屋と牛梁は何かの準備を始める。鈴木の遺体を調べる準備のようだが、取り出した物は医療器具には見えない機械だった。


 その準備を進めながら、万屋は部屋の中に座り込んだ一澄を見ていた。牛梁に声をかけ、少し進めるように言ってから、万屋は一澄に近づいていく。


「少しよろしいですか?」


 万屋が声をかけると、一澄はゆっくりと顔を上げた。いつもの一澄からは考えられない、ぐちゃぐちゃの表情に、愛香の心がきゅっと痛くなる。


「もしも、この先、彼を知る人物が現れて、貴女の知らない彼を知っているという人がいても、貴女は貴女の知っている彼だけを信じてあげてください。何者の言葉には惑わされず、貴女の中にある思い出を大切にしてください。彼を失ってしまった悲しみも、いつか愛せるようになればいいと私は願っています」


 そう告げてから、万屋は軽く頭を下げた。


「今の貴女に、意味の分からないことを長々と言い連ねて、大変申し訳ありません。ですが、心のどこかに留めておいていただけるとありがたいです」


 万屋がそう言い終え、立ち上がった時には牛梁の準備が済んでいた。これから二人は鈴木の身体を調べるらしく、何かを話しながら鈴木の遺体に近づいていく。


 その光景を見守りながら、愛香はさっきの万屋の言葉を頭の中で反復していた。

 そこに何となく、愛香は違和感を覚えながらも、その違和感の正体を突き止められなかった。

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