五月蝿く聞くより目を光らす(7)
スマホを落とした時の状況を我妻に聞いたのは昨日のことだ。相亀はその後も東雲達の教室を訪れ、変に警戒されないラインを計りながら、東雲達に探りを入れてみたが、決定的な何かが浮き彫りになることはなく、相亀の中に残った違和感や疑念は、そのままの形で残っていた。
東雲達のこれまでの幸善との付き合いや、ほんの少しだが妖怪との関わり方を考えると、その中に人型がいる可能性は非常に低い。
それは分かっているのだが、スマホを落とした時の状況は、何かしらの力が働いたと考えた方が納得のいくものだ。その力が本当に関わっているのか、関わっているとして、その力はどこから生まれたものなのか、分かっていないことが多過ぎて、疑いを取り下げることもできない。
取り敢えず、一度家に持ち帰り、相亀は一晩じっくりと考えてみることにしたのだが、このまま東雲達を調べるばかりで良いとはどうしても思えなかった。
仮に東雲達の中に人型がいたとして、それを放置することは確かに問題だが、もしもその先に人型がいなかった時、他の人型を放置する結果を齎したことになる。
どちらに人型がいるのか、そもそも人型が存在するのかも分からない状況で、一個に固執して考えることが得策とは思えない。
東雲達に対する疑いが完全に晴れたわけではないが、他の人物も調べてみるべきだろうと相亀は考え、その考えに則って、翌日は行動することに決めた。
相亀としても、東雲達を疑いたいわけではない。三人から調べようと思ったきっかけは、三人が白であることの証明だ。
そこがうまくできていないのだが、他に黒がいると分かれば、三人が白である可能性は必然的に高くなる。数の少ない人型が何人も幸善の監視に割くとは思えないからだ。
迎えた翌日になって、相亀は東雲達から、取り敢えず幸善のクラスメイトまで候補を広げようと思い、東雲達の教室を訪れたのだが、そこで東雲達の様子がおかしいことに気づいた。
いつもなら、すぐに相亀の訪問に気づくはずの久世が、今日は相亀が到着して、しばらく経つまで、相亀がそこに立っていることに気づいていない様子だった。
「ああ、相亀君か。今日はどんな用事?」
「いや、ちょっと……それより、どうしたんだ?何か雰囲気が変じゃないか?」
久世が相亀に気づくまで時間がかかった理由は、その視線や意識が東雲達に向いていたからだ。それは久世の視線を見ていたら分かることで、相亀が東雲達を軽く指差しながら聞くと、久世は何とも言えない表情を作った。
「同級生の愛香さん。彼女のお姉さんの恋人が亡くなったそうなんだ。何でも、二人も知り合いだったとかで、それで気持ちがね」
「愛香……ああ、そうか……」
鈴木とは面識がないが、Q支部に拘束されていたことや今日になって遺体が発見されたことは、既に奇隠からの連絡で知っていた。その鈴木の交友関係も簡単には知っていたので、東雲達の悼む相手が鈴木であることはすぐに分かった。
元から東雲達が目的だったわけではないが、仮にそうだったとしても、今日はあまり関わらない方がいいだろうと、その様子を見た相亀は思った。人の死に悲しむ場面に、自分の都合を簡単に投下できるほど、相亀は無神経ではない。
「それで相亀君は何の用事?東雲さん達を呼んでこようか?」
「いや、大丈夫だ」
そう答えながら、相亀は教室の中にいる幸善のクラスメイトに目を向ける。
既に昨日、何度か訪れた相亀の再びの訪問を怪しむ視線は感じない。それどころか、多くの生徒の関心の中に相亀は入っていないようだ。見向きもせずにそれぞれの何かに気持ちを向けている。
その様子を見るだけで、確定ではないが一定の成果はあった。東雲達の空気に気安く触れるのも悪いし、その成果を取り敢えず持ち帰り、相亀はまた別の機会に詳細を調べようと考える。
「流石にもう戻る。あの状況に俺が言えることは何もない。いても気持ちを掻き乱すだけだ。そういう無粋なことをするほど、俺は馬鹿じゃない」
「ああ、分かるよ、その気持ち。大事な時ほど、言葉って出ないものだよね」
「そういうこと気にするタイプなのか?」
そうは見えなかったと口にはしなかったが、そう言っているのと変わらない発言に、久世は苦笑いを隠さなかった。
「ちゃんと相手は見ているつもりだよ」
「まあ、確かにそれはそうか」
自分と幸善に多く向けられる言葉を考え、相亀は酷く納得した。
久世には適当に激励の言葉を送ることにして、相亀は邪魔をする前に教室から離れることにする。久世は最後まで苦笑いを隠さなかったが、それも仕方ないことだろう。相亀の激励で何かが変わるとは思えないが、相亀には他にできることもない。後は久世の頑張り次第だ。
そして、相亀は離れたばかりの教室に、人型が潜んでいる可能性を考えるのだが、現状は可能性が薄いようにしか思えなかった。あの中に人型がいるとして、それを七実も気づけないのなら、相亀が探しても分かるのかという疑問が膨れ上がる。
どちらにしても、東雲達の気持ちが落ちつくまで、相亀は距離を取った方がいいだろう。
問題はその間、教室を調べることができない点だが、学校に潜んでいる可能性が高いと七実が言っただけで、本当に潜んでいるかどうかは分からない。
学校以外の幸善の交友関係の中に、もっと怪しい人物がいる可能性は十分にある。
そう考えてみるが、幸善の交友関係など、学校以外だと奇隠関係のものしか相亀は知らない。奇隠関係の知り合いなら、その人物は最低でも人間であることの証明がされているはずだ。その中に人型がいる可能性は微塵もない。
そう思った直後、相亀はその中に一匹、当てはまらない存在がいることを思い出した。
「あ、そうか。そのパターンもあるのか」
ふと気づいた可能性に、相亀はそちらから先に手をつけようと考えをまとめていた。
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