五月蝿く聞くより目を光らす(5)

 幸善のクラスに人型がいるという可能性に真実味が増し、自身の行動次第では一発アウトになりかねないと分かったことで、相亀は多大なる緊張感に襲われていた。

 証明してくると意気込んでいた割に、帰ってきた相亀の縮こまった姿に、椋居と羽計は笑いを堪える素振りも見せなかったが、それを気にする余裕が相亀にあるはずもなかった。

 チャイムが鳴ってしまったことを理由に、何とか一度は保留にすることができたが、次はそうも行かない。


 もしも、本当に危惧した通り、人型がいるとしたら、相亀は幸善の周囲を探りたくない。藪をつついて蛇が出てきたら洒落にならない。


 しかし、本当にいるとしたら、それを放置するわけにもいかない。つつきたくなくても、相亀には藪をつつく義務があるのだ。


 次の休み時間を迎えると、相亀は七実から言われたことを念頭に置きつつ、再び東雲達のいる教室を訪れる必要があった。


 七実と逢ったことで、相亀の中に存在しなかった恐怖が膨らんだことは確かだが、七実と逢って時間がなくなったことで、考える時間が生まれたという良い点もあった。さっきとは違い、探りを入れるのに十分と言える手を準備することができる。


 そこだけは唯一、ありがたいポイントで、それを何度も頭の中で確認しながら、相亀は東雲達の教室を訪れた。さっきは入口から中に入ることもできなかったが、今度は違う。


 相亀が教室を覗くと、目聡く真っ先に久世が相亀の姿に気づいた。


「あれ?相亀君じゃない?」


 東雲と我妻に声をかけ、二人の視線も相亀に向く。その視線を確認し、しっかりと覚悟を決めてから、相亀は何でもない風を装って、東雲達に笑顔で近づいた。


「よう、ちょっといいか?」

「どうしたの?」


 相亀の登場に不思議そうにする東雲。東雲とは対照的に一切表情を変えない我妻。仮面でも被っているように微笑みを絶やさない久世。

 それら三人の姿にいつもと変わらないことを確認してから、相亀は用意していた質問を我妻に投げかけることにした。


「ちょっと我妻に聞きたいことがあるんだ」

「俺に?何だ?」

「この前の土曜日、スマホを拾ってくれた時のことを聞きたくて。詳しく教えてくれないか?」


 葉様の疑いの発端は幸善との近さと、その前にあった相亀と水月のスマホ消失事件が原因だ。幸善との近さは、その近さが疑いを晴らす理由にも通じるところがあるのだが、後半の方は何を言ったところで、馬の耳に念仏で葉様が納得する理由が相亀から出せるとは思えない。


 それなら、ちゃんとした真実を突きつけて、それで文句の一つも言えないようにしてやろうと思ってのことだったのだが、その質問を聞いた我妻は少し眉を顰めた。


「どういう質問だ?」


 ともすれば、自分が取ったと疑われているようにも聞こえる質問だ。我妻が怒る可能性は事前に相亀も考えていた。一瞬、久世が何かを言いかけたが、それよりも先に相亀は用意していた言葉を口にする。


「この前は我妻が拾ってくれたから良かったが、また落としたら洒落にならないからな。どういう状況で拾ったのか分かれば、再発防止になると思ったんだよ」

「うっかり落としたら困る物トップスリーの一つだもんね、スマホって」


 東雲が割って入ってきたこともあって、我妻は納得してくれたのか、寄せていた皺を消して、我妻は思い出すように考え始めてくれた。


 その姿に安堵する一方で、東雲が入ってきたことで疑問が一つ増えたと思っていたら、同じ疑問を懐いたのか、久世が東雲に聞いている。


「トップスリーって、他の二つは何なの?」

「財布と家の鍵だよ」

「ああ……」


 意外と納得できる物が二つ並べられ、相亀と久世は何とも言えない声が出た。もう少し突拍子もない物が出てきたら、何かしらのリアクションが取れたのだが、ちゃんと納得する答えだったので、リアクションの取り方も分からない。


「拾ったのは羽計の家につく直前だ。誰のスマホかも分からないから、最初は誰のスマホか聞こうと思ったんだが、羽計の家に到着して、その衝撃から忘れていた。その後、困っている姿を見て、二人の物だと分かった」

「つまり、二人共同じタイミングで落としていたってことか?」

「そうだったな。二つも落ちている上に、俺以外に気づいている様子もないから、本当に誰かが落としたのかも怪しいと思っていたくらいだ」


 我妻の状況説明を聞き、相亀は我妻が拾ってくれたことには納得したが、落とした理由の部分が気になった。羽計の家につく直前、相亀はスマホを触っていた記憶はない。水月も同じだ。

 その状況で二人共が揃ってスマホを落とすなど、宝くじで数万円を当てる方が確率としては高そうだ。


 やはり、葉様が危惧した通り、何かが近くにいるのか。そう思いながらも、相亀はどうしても、その時のメンバーに人型がいる可能性は考えたくなかった。


 まだ確定したわけではない。もう少し調べるべきだろう。

 そのように考えていると、不意に久世が声をかけてきた。


「ところで相亀君は彼が戻ってくる時期について、何も聞いてないの?」

「頼堂か?いや、俺は何も聞いてないが、何で俺に?」

「相亀君は同じバイト先の繋がりがあるから、東雲さん達とは違う情報があるかなと思って」

「いや、特には聞いてないし、聞いてたとして覚える気がない」

「相亀君っぽい答えだね」


 笑う久世に相亀は眉を顰めながらも、もう少し探ってみる必要があると考え、頭痛を覚えるのだった。

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